四十一 悲劇の真相

「は、話せっち言うたって、もう話したようなもんやろうが」

「何も話してねえだろうが、しらばっくれんじゃねえっ」

 そう言うと、鳳崎は大鉈の刃先で義巳さんの鼻先を小突いた。

「ぶぎっ……」

 ポタタッと鼻血が零れ、ゲロまみれのヨレヨレ作業着がまた汚れる。

「オラッ、さっさと吐けっ」

 容赦なく、鳳崎が鼻先に追撃を喰らわす。

 ボロ雑巾のようになった義巳さんを見ても、もう心は痛まなかった。幼馴染の父親として、昔から知っていた人だというのに。

「ぶがっ、ぶっ、ま、待てっ。分かった、分かったき、やめろっ」

 義巳さんが首を捩りながら苦しげに言うと、鳳崎はようやく大鉈を引っ込めた。

「……俺は、元々反対やった。この村に、新しゅう人が越してくることは」

 義巳さんは観念したのか、下を向いて、またぽつぽつと語り始めた。

「山賀さんがこん村に越してくるっち聞いた時は、不安で仕方ねかった。新しゅう人が来たっちなれば、夕の儀じゃねえで宵の儀まで、否が応でも執り行わんといかん。宵の儀には、村の命運が掛かっちょる。シラカダ様から御加護を受けられるか、突き離されるか。村の景気が良くなるか、落ち込むか。そげな重圧を、背負いとうはねかった。親父は病気で伏せっちょったし、音頭を取るのは間違いなく俺やと思った。やから、越してくるなっち願っちょったし、その話も他のもんにはギリギリまで秘密にしちょった。なのに……結局、山賀さんは越してくることになった。宵の儀をせんといかんように……」

「待てよ。そもそも、なんでやる必要があった。宵の儀とかいうのは、村に嫁入りがあった時だけに行うっつったじゃねえか」

 鳳崎が口を挟む。確かにそうだ。山賀さんたちが宵の儀に参加すること自体、おかしいのでは。

「……そうやが、言うたやろう。シラカダ様は、自分の施しを受けちょらん子供の存在が許せんっちな」

 義巳さんは俯いたまま、

「昔から、そうやった。宵の儀で生まれてきた子は立派に育つが、もし、それ以外で子供を作ったら……必ず、八月八日の夜に死んでしまう。シラカダ様の祟りによって。信じられんかもしれんが、実際にそういうもんはおった。やから、朽無村のもんは必ず一人しか子を作られんやった」

「……フン。さすがに、二人目が欲しいからって、もう一度村の男連中が見てる前で悪霊が取り憑いた亭主に抱かれようって考えるような奴はいなかったわけか」

「違う。うちのご先祖様が取り決めたことや。シラカダ様の施しを受けるのは、一生に一度だけやと。それだけ、宵の儀を執り行うのには危険が伴なっちょった。ある意味、村の命運が懸かった一か八かの賭けみたいなもんやったから、そもそもの機会を減らすようにしたのよ」

「それは、てめえらの建前だろうが」

「ま、待って」

 思わず、口を挟む。

「それが、どう繋がるっていうの?山賀さんたちを参加させたことと」

「それは――」

「例え一人でも、シラカダの施しを受けた子供がいれば、事が丸く収まると考えたわけか」

 義巳さんを遮り、鳳崎が答えた。

「……え?」

「てめえらの考えた理屈はこうだろ。夫婦を宵の儀に参加させて、シラカダの施しを受けた子供を一人でも作らせれば、優一たち兄妹にも、村にも、災いは訪れない」

「そ、そんな理屈が通るなんて――」

「それが、通るんだ。実際に、そういう前例があるんだからな」

「前例?」

「ああ。あのクソゴリラ――てめえの弟が、そうなんだろ」

 鳳崎が、ギロッと義巳さんを睨んだ。

「さっき、自分で言ってたよな。この村では、一人しか子供が作れねえって。だったら、なんでてめえには弟がいる」

 ……そうだ。言われてみれば、おかしな話だ。父も、雅二さんも、秀雄さんも、兄弟はいないと聞いているし、私も辰巳も一人っ子なのだ。それは、村の決まり事で、一組の夫婦につき一度だけしか宵の儀を行えなかったからだろう。絵美ちゃんと由美ちゃんは……双子。そう、一度に二人生まれてきたのだから、おかしくはない。

 でも、そうなると、義則さんの存在だけが、おかしいことになる。なぜ、義則さんだけが……。

「……親父は、お袋のことを何とも思うてねかった。怒鳴り散らすのは当然で、殴る蹴るも当たり前やった。やから、あんなことしきったんやろう。無理矢理にでも、二人目を産ませようと……」

 義巳さんは、何の感情も籠っていない枯れた声で続ける。

「爺様は死んじょるし、婆様は年老いとったき、親父に逆らいきるもんは、もう家の中に誰もおらんやった。やから、お袋は抵抗しきらんやった。義則を身篭った時も、ずっと親父にビクビクしよった。何をするにしても、ずっと言いなりで……。親父は親父で、どげえなるか試してみてえ、とまで言いよった。朽無村の、川津の当主ん癖に、昔からの決まり事を破ったのよ。周りからは顰蹙を買うたらしいが、腕ずくで黙らせてやったとかなんとか言うて……。お袋は、気が気じゃねかったやろう。宵の儀以外で身篭った、一年と経たずに死ぬかもしれん子を、産むことになったんやから。結局、その心労が祟ったんか、お袋は義則を産んですぐに身体を弱めて死んだ。親父は最後まで、お袋に労いの言葉ひとつ掛けてやらんかった。葬式を上げた時も、宴会気分でわあわあ騒ぎよって……。やが、当の義則は、次の年の八月八日を迎えても、死なんやった」

「……恐らくは、シラカダが弱体化していたのが主な要因だろうな」

「それは分からん。やが、親父も村のもんも、既に施しを受けた俺がおるせいやないかと言いよった。一応は本血筋である川津のもんやし、なんたって男やったから、シラカダ様は義則の存在を許したのかもしれんが」

 義巳さんは弱々しくかぶりを振ると、

「親父は、得意満面やった。俺はシラカダ様から認められた特別な人間やから、二人も後継ぎをもうけきったとか言うて回ってな。その癖、義則に接する時は辛く当たりよった。お前のせいで母親が死んだとか、お前は所詮、宵の儀生まれじゃねえ、シラカダ様の御加護を受けてねえ出来損ないとか言うて……。俺は庇おうとしよったが、親父がそれを許さんかった。弟やと思うな。母親殺しっち思え。そげん言うて、いつも俺の目の前で義則を……。気が付いたら、俺もいつの間にか、お袋が死んだんはお前のせいやと、義則に辛く当たるようになった。もう、親父から言われたせいか、自分でそう思っちょったのかも分からんくなってしもうたが、ともかく、義則はそげえやって育った。味方は婆様くらいやったやろう。やが、その婆様も死ぬと、味方は誰もおらんようになった。途端に、村の連中も義則のことを悪く言うようになった。元より、村の決まり事を破って生まれてきたもんやし、何よりも親父が大っぴらに出来損ない扱いしよったから、みんな、同じように扱ったんやろう。もしくは、威張り腐ってきた親父に対する鬱憤を、義則にぶつけよったのかもしれん」

 私は、村の人たちの義則さんに対する態度を思い出していた。

 事ある毎に馬鹿にして、下に見て、職業差別までして、まともに扱っているのを見たことがない。いつも悪者扱いで、慕っていたのは辰巳くらいだ。

 それに、そんな理由があったとは……。

「六年前のサトマワリに、それまでハブってた弟を参加させたのは、あやかろうとしたからか?いわゆる成功例を一員に入れることによって」

「そうや。もっとも、それを提案してきたのは、義則本人やったが。どういう考えがあったか知らんが、あん奴は急に親父に取り入って、話をつけよった。村に残ったんに、家ん田んぼの仕事を継がんで警察官になったき、親父からはほとんど勘当されとったようなもんやったが、病気で耄碌しちょったせいか、親父はそん提案を受け入れた。それで、そのせいで……」

「何が起きたんだ」

「……すべての元凶は、親父にある。病気で耄碌しちょるくせに、大人しゅうしちょけば良かったのに、親父がサトマワリの音頭さえ取らんければ……」

 そう言うと、義巳さんはぐったりと黙り込んでしまった。話したくないのか、折れ曲がりそうなほどに頭を垂れている。

「……教えてください。どうして、あんなことになったのか」

 不意に、優一くんが呟いた。やはり、恐ろしいほどの無表情で、義巳さんを見つめていた。

 しばらくの沈黙の後、義巳さんはゆっくりと顔を上げ、遠い目をしながら、

「……あん夜は、途中までは、何事もなく進みよった。山賀さんたちを迎え入れて、お膳に着かせて、馬酔木の煎じ薬入りの御神酒を飲んでもろうて、親父が経のようなもんを唱えるき、座ってじっと聞きよってくださいっち言うて……」

「フン。やっぱり、本当の事情は言わなかったみてえだな」

「信じてもらえるとは思わんやったし、そもそも理解してもらおうとも思わんやった。余所の、まして都会のもんからしたら、信じられんことやろう。やから、飲ませる馬酔木の煎じ薬の効果も、美千代さんに頼んで普段より強くしてもろうた。二人とも、ほとんど気絶させたような状態にして、何も覚えきらんようにする為に」

「二人とも?依り代の人間も気絶させたってのか?」

「気絶しちょこうと関係ねえ。シラカダ様は身体さえ借りられればいいんやから。二人とも気を失わせて、旦那の方に面を被せて依り代にして、後は勝手にやってもらおうと思うた」

「ケッ、それをみんなで見守ろうってか。趣味の悪いことしやがって」

「施しが無事に終わったら、シラカダ様は天に還られる。そん後、身なりを整えてやって、尾先の家まで運ぶ算段やった。本人たちには妙に思われても、御神酒ん呑み過ぎで記憶が飛んだんでしょうっち誤魔化せば、どうにかなるやろうと。やが……」

 義巳さんは、少しの間黙り込んだ後、

「しばらくしたら、計画通りに二人は倒れよった。死んじょらんか、息をしよるかをちゃんと確認して、奥さんの方を筵に寝かせて、服を脱がせて、後は旦那の方に面を被せるだけやったのに……そん時になって、急に親父が、自分が依り代になるっち言い出して……」

「……なんだと?」

 鳳崎が、声を尖らせた。

「もちろん、反対した。やが、親父は聞き入れんやった。余所者の血じゃあ危険がある。本家の血を入れた子供ん方が良いとかなんとか言うて……」

「ふざけてる……!」

 気が付くと、拳を痛いほど握りしめていた。

 久巳さんが、山賀家にその血を――吐き気を催すほど、醜悪な行為だ。

「クソッたれの変態ジジイが。体のいい建前を並べて、てめえの性欲を発散しようとしただけじゃねえか、クソ」

 思った通りのことを、鳳崎が代弁する。

「……さすがに、俺たちも止めた。カズたち分家連中は何も言いきらんから、俺と義則で必死に説得した。それでも、親父は頑なに自分が依り代になるっち言い張って、用意しちょった白蛇の面を手に取った。義則が慌ててそれを奪い取ったら、親父が、宵の儀生まれじゃねえ出来損ないのくせに、軽々しく触るなっち言って……それに逆上した義則が……」

「オイ、まさか」

「……白蛇の面をはめたのよ。俺は、出来損ないじゃねえっち言うてな。そしたら、義則の身体にシラカダ様が降りられた。あの白い目で睨まれたら、大の大人でも指一本動けんようになるし、声を上げることもできんようになる。シラカダ様の力は弱っとったんやろうが、気をしっかり持たんことにはその神力を打ち破れん。俺たちは予想だにせんやった事態にビクビク狼狽えてしもうたせいで、誰も動けんやった。そして、ほとんど目の前で睨まれた親父が、泡を吹いて倒れて……」

「フン。性欲はあり余ってたくせに、病気で身体は弱ってたから、くたばっちまったわけか」

「立ち位置も悪かった。義則は俺たち全員を見通せる位置におったせいで、誰もどうにもしきらんやった。ビクビクしながら、自分も殺されるんやないかと思っとったら……扉が開く音がして、シラカダ様が恐ろしい声で吠えて、突き飛ばされて、頭を打って、わけも分からんまま、朦朧としながらそっちん方を見たら……山賀さんとこの女の子がおって……それから……」

 私は、お社で垣間見た幻影の一部始終を思い出していた。陽菜ちゃんが経験した、悪夢のような出来事。

「そこから先は言わなくていい。俺らはもう知ってる」

 そう言うと、義巳さんはビクビクと優一くんの方を窺った。

 私も慌てて見遣ると、優一くんは相変わらず無表情で――だが、その眼には、明らかに危うい感情が宿っていた。その視線に耐えられなかったのか、義巳さんがヒッと顔を背ける。

 鳳崎もそれに気が付いたのか、何か言葉を掛けようとした時、

「……あの日の夜、父さんたちがお社に出掛けた後、陽菜から相談されたんだ。喘息が治ったから、ミルクを飼ってもいいでしょ、って」

 ずっと黙り込んでいた優一くんが、消え入りそうな声で淡々と話し始めた。

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