三十九 真実を暴く
「……こん話は、朽無村の全員が知っちょる。みんな、それぞれの親父たち、爺様たちから聞かされてきたやろう」
そこまで話すと、義巳さんはぐったりと頭を垂れた。長々と語って疲れたのか、それともすべてを打ち明けて気力を失ってしまったのかは分からなかったが、灰になったように俯いていた。
私たちは、ずっと無言で聞いていた。義巳さんの口から語られる、朽無村の悍ましい歴史を。シラカダ様の悍ましい誕生譚を。それ故に生まれた悍ましい因習の顛末を。
義巳さんの語りは、妙に淡々としていて、無駄もなく、分かり易く、するすると頭の中に入って来ていた。きつい方言も、昔の言葉も、問題なく再構築できるほど。母たちが断片的に語っていたことの補完としても、十分に。
だが、だからこそ、噛み砕いて理解ができたからこそ、納得ができなかった。
シラカダ様が、神様?
その力のおかげで、朽無村は繁栄した?
サトマワリは、村に後継ぎとなる男児を迎える催し?
そして、それは、この現代に至るまで、伝統として続いている?
そんなもの―――、
「何が伝統だ、舐めてんじゃねえぞ」
静かに、だが、はっきりと怒気のこもった声で、鳳崎が吐き捨てた。
「何が神だ、何が神力だ。舐めやがって。てめえらが有難がって崇めてんのは、ただの悪霊だ。取るに足らねえ人間の魂が元になった、一介のくだらねえモノじゃねえか」
「……なんちや?」
義巳さんが、無気力に顔を上げる。
「ハッ、おめでてえ連中だな。どんな背景があるかと思えば、くだらねえ悪霊が絡んだ、くだらねえクソ田舎のクソ因習か」
「くだらんっちゃあなんか……!俺たちはずっと、こげんやってきたっ。親父ん代も、爺さんの代も、曾爺さんの代も、ずっとシラカダ様んお力添えの下に生きてきたんやぞっ……!シラカダ様がおらんやったら、こん村はできんやったし、俺たちは生まれんやった。カズも、マサも、ヒデも、尾先に勝手に居着いたカワヅの血筋でもねえくだらん連中も、みんなっ……!」
義巳さんが、押し殺すような声で怒りを露わにした。が、その口調はどこか、諦観が入り混じっているようにも感じられた。
「フン、だったら説明してやる」
鳳崎は牙を向くように口の端を曲げた後、語り始めた。
「まず、そのシラカダとかいう奴は、単なる色素欠乏症——アルビノの人間だろうが。珍しいっちゃあ珍しい存在だが、人であることに違いはねえ。肌やら、髪やら、瞳やら、身体の色素が白いってだけでな。てめえらの先祖は、それを白蛇の化身だと勘違いしたんだ。いや、もしかしたら、単なる人間だと分かってた上で、神の使いだ何だと祭り上げたのかもしれねえな」
「そ、そげなわけが――」
「サトマワリとかいう儀式を夕方に行うのも、祭事衣装として袴を着るのも、仮面を被るのも、陽射しを防ぐ為だろ。アルビノの人間は生まれつきメラニン色素が薄いせいで、紫外線に弱いからな。陽の光に当たるだけで、肌が腫れ上がるくらいに。村の連中が威厳を示そうと仕立てた祭事衣装は、単に陽射しから身を守る為に作られた防護服に過ぎなかったってことだ」
鳳崎はあっさりとシラカダ様の実体を結論付けると、間髪を入れず、
「てめえらの先祖は、遠い地から山と谷を越え、最後に海を渡って、ここに行き着いたっつってたな。距離の程度から察するに、元は山口の
スラスラと淀みなく、義巳さんに口を挟む隙を一切与えずに、鳳崎は淡々と畳みかけていた。私は、さっきまでの怒りも忘れて、瞠目するばかりだった。
そういったことに詳しいと言ってはいたが、そんな知識まで身に着けているとは。
本当に、この鳳崎という男は底が知れない。一体、どういう人生を歩んできたというのだろう。
「今も昔も大衆を扇動するのは、あくどいことを考える奴だ。ガキを使って自分らの身分だの気位だのを高めようなんざ、ろくでもねえ親に違いなかっただろうな」
「そげなこと――」
「見事にシラカダに遺伝してるじゃねえかよ。クソみたいな人間性が。まあ、ガキの頃から、やれ神の使いだ化身だと扱われてりゃ、否が応でもそうなるだろうな」
「何を――」
「てめえらの先祖はここを新天地として村を作った。わざわざこんな未開拓の内陸地を選んだのは、米を作ることに固執していたからか、それとも水源のある地に住むことに固執していたからか、どっちだ?いや、両方か?白蛇信仰と深く関わり合いのある弁財天の原型になったのは、ヒンドゥー教のサラスヴァティーっつう水と豊穣の女神だからな。そのせいか、弁財天も水辺に祀られることが多い。てめえらが名乗るようになった苗字のカワヅが水源を意識したものになっているのも、自分たちが神の加護を受けた一族だと盲信していた――もしくは他の連中に指し示す為だろう」
「ち、ちが――」
「もしくは、周りを高い山に囲まれている平地ってのが、シラカダにとって理想の棲み処だったのかもしれねえな。日照時間が短い、陽が早く沈む土地なら快適に過ごせると判断したのか――まあ、んなことはどうだっていい。どんな理由があろうと、てめえらが結局、自分たちが受けてきた差別の価値観を捨てられなかったってことに変わりはねえんだからな。本家の川津と、その他の分家扱いの河津に、後から居着いた余所者。そういう階級を作って、村を支配したんだろ。んで、そのトップに祭り上げられたのが、自分が神の使いだと勘違いしてる色情狂のガキだ」
反論しようとする義巳さんを幾度となく遮りながら、鳳崎は淡々と続ける。
「施しを与えるとかどうとか濁してたが、てめえらの一族がやってたサトマワリとかいうのは、単なる夜這いだろ。それも、神の使いだ、村の当主だ、受け入れるのは名誉なことだとか、適当なことのたまいやがって。くだらねえお山の大将がよ。立場と権力振りかざして、村中の女を抱こうなんざ、とんだ変態野郎だ。殺されて当然だな。もっとも、死んでもその変態は治らなかったみてえだが」
鳳崎は忌々し気に鼻を鳴らすと、
「シラカダは取るに足らねえ野郎だったが、その魂はこの世に留まることができる素質を持っていた。逆恨みの念に、欲情に、施しを与えるっつう押し付けがましい思念の鎖が、祭事道具の白蛇の面に絡みついて、この世に薄汚ねえ魂を留まらせたわけだ。まあ、所詮はその程度の思念で存在してるモノだ。大した力は持ってなかっただろうが……時代と環境と、そこにいた人間が悪かったな」
「……どういうこと?」
思わず、口を挟んだ。反対に、口を挟む気が失せたのか、義巳さんはぐったりと俯いていた。
「実態は取るに足らねえただの人間だったが、村の連中は散々刷り込まされていた。あの方は神の使いだなんだってな。まだ科学が未発達で、自然現象なんかの常識が解明されていない時代の、ただでさえ閉鎖的な土地で、盲信的に神格化されていた人間が死んだら、周りの奴らはどう思う?」
「……復活するかも、とか、化けて出そう、とか?」
「仮にも、村を支配してたわけだからな。恐怖政治をしてたかどうかは知らねえが、一定の恐怖は抱いてただろう。もしくは、あのお方は蘇るとか何とか盲信されてたかもしれねえ。恐怖か畏怖か――どちらにせよ、信仰はされていた」
「……信仰が、恐れることが、怪異を強くして、存在を濃くする」
「そういうことだ。シラカダはそこにつけ込んで、力を強めたんだろう。白蛇の面はある意味、アイコンとして機能していた。正に、顔としてな。それを見た村の連中が感じた恐怖を引き金に、シラカダの魂は悪霊へと変貌し、復活した。そして、更なる恐怖を吸収して力を得、村に災厄をもたらした」
「じゃあ、人を睨み殺したり、田んぼに凶作を及ぼしたりすることができたのも、村の人たちが恐怖していたせいだってこと?」
「フン、死んでも尚、お山の大将だったってことだ。だが、共生関係とも言える。村の連中が恐怖しなかったら、シラカダは災厄をもたらすほどの力を持つ悪霊として存在できなかっただろう。同時に、村の連中が五穀豊穣の神だなんだと信仰していなかったら、シラカダは豊作をもたらす力を得なかっただろうな。そのせいで、この村とシラカダの関係はズブズブになっちまった。災厄をもたらすだけなら村を見捨てて逃げりゃあいい話だが、信仰してりゃあ甘い汁を吸えるわけだからな。結局、村という閉じた環境が、怪異を増長させちまったわけだ」
ふと、鳳崎が語った葉っぱ様の例え話を思い出した。
怪異の力を弱める為に、より多くの人間に存在を周知させるという論理。
あれが、そのまま当てはまる。シラカダ様はいわば、学校中に周知されず、閉鎖された教室に居座って、クラスの人間たちから恐怖を吸収し続けた葉っぱ様なのだ。教室という閉じた環境の中でだけ恐れられ、力を得た存在。
「まあ、復活するのは年に一回。それも、怪異の力が強まる夕刻——逢魔が時から晩にかけての間だけな上、面を着けた依り代を介さないと、まともに顕現することもできない。直接的にできることといえば、睨みつけてせいぜい相手を動けなくするだけで、殺せたのは、か弱い子供だけ。言ってみりゃあ、力を得ても、その程度のケチな悪霊に過ぎなかったってことだ」
感覚の齟齬か、鳳崎の〝その程度〟という言い回しに違和感を覚えつつも、
「でも、生まれてくる子供の性別まで決めるなんて、そんなことが悪霊にできるものなの?施しを受けたら、必ず男しか生まれてこないなんて……」
「知らねえよ。ただの偶然だったのかもしれねえ」
「……偶然なんかやねえ」
不意に、義巳さんが――ようやく遮られずに——ボソリと口を挟んだ。
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