八 兄妹との出会い
「お兄ちゃあん、早くぅ!」
女の子がチェック柄のワンピースを翻しながら踵を返し、玄関の中に向かって呼びかける。すると、少し遅れて、
「こら、走り回っちゃダメだろ」
と、あの男の子が出てきた。
「ほら、こっちに来なさい」
山賀さんが呼ぶと、男の子が女の子を引き連れるようにして、こっちに来た。
「うちの、
山賀さんに促されて、
「山賀優一です。よろしくお願いします」
男の子——優一くんは礼儀正しく、ぺこっと頭を下げた。が、小さな女の子——陽菜ちゃんの方は、くりくりとした目で、じっと私たちのことを見つめていた。
「陽菜、ほら、よろしくって」
優一くんが促しても、陽菜ちゃんは何も言わなかった。が、突然、前に出て、私の顔を覗き込むようにして見上げると、
「お姉ちゃん、だぁれ?」
と、好奇心が満載の笑顔になった。
「え、えっと、真由美っていうの」
しどろもどろに答えると、陽菜ちゃんは、
「ねえねえ、おジャ魔女どれみ知ってる?」
と、目を耀かせてきた。
「こら、陽菜」
優一くんが諭して、陽菜ちゃんは引っ込んだが、相変わらず目をキラキラとさせながら、私を見て無邪気に笑っていた。
「いやあ、可愛いですねえ。おいくつですか?」
義巳さんが訊くと、
「上の子が十一で、下の子は八つです」
と、山賀さんが答えた。
「十一?ほしたら、辰巳と真由美ちゃんと同い年か」
「あら、そうなんですか?」
「ええ、二人とも五月生まれで、小学五年生ですよ」
「うちも四月生まれの五年生ですよ。良かったわねえ、優一。同級生ですって」
「えっと……、よろしく」
優一くんは、どこかぎこちなく、それでいて、奥さんそっくりのにこやかな笑顔で、私たちに微笑んだ。
その姿を前に、私は今までに感じたことのない不思議な感情が心に芽生えるのを感じた。
優一くんは、細身でスラリとしていて、私たちよりも少し背が高かった。顔は目鼻立ちが整っていて、きめ細やかな白い肌をしている。髪をもう少し伸ばしたら、女の子と言われても信じてしまいそうだ。落ち着いている雰囲気で、黒いジーンズに白い半袖のシャツを着ているのも相まって、同い年とは思えないほど大人びて見えた。まるで、制服を着ている中学生のようだ。
言い様のない何かに囚われて、優一くんから目が離せず、呆けたようになっていると、
「俺たちの学校に来るん?」
と、横の辰巳がずけずけと訊いた。
「うん。夏休みが明けたら、通うことになるよ。一緒のクラスになるといいね」
優一くんが物怖じせずに答えると、辰巳が、
「クラスっち、一組しかねえばい」
「えっ?」
「ああ、そうそう。前ん学校は人がいっぱいおって、何クラスもあったかもしれんけど、こんな田舎やからね。子供が少なくて、クラスは一学年一組しかないんよ。全校生徒も、百人位しかおらん」
義巳さんが、補足した。
なんだか自虐的だなあ、田舎ってやっぱり恥ずかしいなあ、と思っていると、優一くんは、
「じゃあ、一緒のクラスになるんだね」
と、気にする風でもなく、また私たちに微笑んだ。
「ねえ、陽菜の同級生は?」
陽菜ちゃんが、無邪気に声を上げる。
「ごめんな、陽菜ちゃん。こん村には、もう小学生が辰巳と真由美ちゃんしかおらんのよ。でも、学校が始まったら、きっとたくさん友達ができるばい」
義巳さんが言うと、陽菜ちゃんは残念そうに、
「そうなの?」
と、気分を沈ませた。かと思うと、私の顔を見つめて、
「じゃあ、お姉ちゃんと同級生になる!」
と、嬉しそうに声を上げた。その様子に、その場にいた全員が、和やかに笑った。
「すいませぇん!この荷物はどこに置けばいいですかねえ!」
家の中から、引っ越し屋さんと思しき声がして、
「やあ、ほしたら、この辺で。お忙しい所、すいませんでした」
状況を察した義巳さんが、いそいそと引き揚げようとした。
「いえ、こちらこそすいません。お茶のひとつでも、お出しできれば良かったんですけど、まだ何の荷物も開けていないもので」
「いえいえ、そんな、大丈夫ですよ。お邪魔しました。ああ、そうそう。前に言よった歓迎の催しは、また日が決まったら連絡しますき、そん時はよろしくお願いします」
「ああ、すいません。わざわざ、ありがとうございます」
大人たちの会話が終わりかけた時、
「お姉ちゃん、遊ぼ遊ぼ」
と、陽菜ちゃんがニコニコしながら私にくっついてきた。
「こら、陽菜。まだ引っ越しが終わってないんだから」
優一くんが、陽菜ちゃんの手を取り、優しく引き戻した。陽菜ちゃんは頬をぷくぷくと膨らませていたが、大人しくそれに従った。
「ああ、辰巳、真由美ちゃん。引っ越しが終わって落ち着いたら、優一くんたちに村を案内してやり。遊び場とか、入ったらいけんとことか、回ってから色々と教えてやりなさい」
「うん、分かった」
私たちが頷くと、
「それじゃあ、また」
義巳さんが山賀さんたちに会釈をして、踵を返した。私たちも会釈をして、それに続く。
尾先の集落から出る直前、ふと振り返ってみると、陽菜ちゃんはまだ私たちの方を見ていて、遠目からでも分かるほど無邪気に笑っていた。
「なんか、綺麗な人たちやったね」
帰り道、私がそう言うと、
「はっはっは。都会から来ちょる人たちやもんなあ。愛知の名古屋の方におったらしいき、色々と垢抜けちょるはずよ」
と、義巳さんが笑った。垢抜けている、という言葉の意味がよく分からなかったが、義巳さんの言わんとしていることは、なんとなく分かる気がした。多分、田舎の人間とは違って、色々と小綺麗にしているという意味なのだろう。
「でも、なんか女みたいやったな。あいつ」
辰巳が、意地悪っぽく笑う。
「なん言よると。辰巳より大人っぽかったばい。背も高かったし」
「なんかやっ。背が高くても、ひょろひょろやったら意味ないやろ」
「辰巳もひょろひょろやんか」
「俺はひょろひょろやねえっ。ちゃんと鍛えよるっ」
辰巳が、日焼けした腕を曲げて小さな力こぶを作った。
「はっはっ。確かに相撲やったら勝てそうやなあ。でも、テストの点数で負けたら意味ねえぞ」
義巳さんが、からかうように笑う。
「テストでも負けんっ。ちゃんと勉強しよるし」
「そん割りには、宿題をしよらんやねえか」
「宿題はまだいいやろ。始まったばっかりなんやし。八月になったらする」
「真由美ちゃんは、もう宿題しよるかい?」
「うん。私は毎日ちょっとずつするもん」
「ほれ、真由美ちゃんを見習わんか。やねえと、遊ばれんごとなるぞ。せっかくの夏休みが」
「そげん言わんでいいやろっ!」
小言を言われて拗ねたのか、辰巳は一人で坂道を駆け上って行ってしまった。釣りをすると言っていたのに、予定を変更したのだろうか。もしかして、帰って素直に宿題に手を付ける気なのだろうか。
いや、辰巳のことだ。きっと久巳さんに隠れて、こっそりとゲームをやる気に違いない。
「まったく。あん奴は……。ほしたら、真由美ちゃん。山賀さん家の子んこと、よろしく頼んじょくばい。明後日頃やったら、多分引っ越しも終わって落ち着いちょうやろうて」
「うん、分かった。じゃあねっ」
ちょうど家の前まで辿り着いたので、私は手を振って義巳さんと別れた。喉が渇いていたので、家に入るなり台所に向かい、手を洗って麦茶を飲んだ。その時、食卓の椅子に座って違和感を感じ、ようやくポケットに入れていた電池とこんにゃくゼリーのことを思い出した。
取り出してみると、電池はどうにもなっていなかったが、こんにゃくゼリーは夏の熱気と私の体温ですっかり温められたのか、ぐでんぐでんになってしまっていた。
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