十一 正体を求めて
次の日の朝、私は酷く目覚めが悪かった。
別に、徹夜で窓の外を眺めていたわけではないし、またセミが喚いていたわけでもない。あれからすぐにベッドに入ったが、なぜだか目が冴えていて眠れず、仕方なく携帯をいじっていると、段々と瞼が重くなってきて、ようやく寝付くことができたが、暑さのせいで酷く寝苦しく、夜中に何度も目が覚めてしまい、熟睡することができなかったのだ。
寝不足で鉛のように重い頭を起こして時計を見ると、時刻は八時過ぎだった。ああ、また早く起き過ぎたと二度寝をしようとしたが、変に意識が覚醒していて微睡むことすらできず、結局起きることにした。
寝不足の時特有のじんわりした頭痛をこらえて一階に下りると、父と母の姿が無かった。
……ああ、そうか。今日は八月八日——サトマワリの日だ。
恐らく、二人とも諸々の準備をしに、早くから出掛けているのだろう。
憂鬱な一日が始まるなあと思いながら、祖母の様子を見に和室に向かった。昨日、少し様子がおかしかったので心配だったが、祖母は存外に布団の中で大人しく眠っていた。
一安心した後、朝食を摂ろうかと思ったが、食欲が湧かなかったので、コーヒーだけ飲むことにした。インスタントのアイスコーヒーを作り、一人で食卓に着いて啜っていると、不意に昨夜の灯りのことを思い出した。
あの灯りは、一体何だったのだろう。尾先の集落に一時だけともった、ぼんやりとした小さな灯り。
……まさか、ね。
コーヒーの最後の一口を流し込むと、食卓に頬杖を突いて考えた。
夕方に行われる憂鬱なサトマワリまで、何をして時間を潰そうか―――。
午前八時半ちょうど。身支度を整えた私は、寝ている祖母に一声かけてから、玄関の扉を開けて外へ出た。猛暑の前兆のような、じっとりした生温い熱気を身体中に感じながら、坂道の方へと向かう。
あれから、私は様々な時間を潰す手段を考えた。
宿題に手を付ける。図書館から借りているホラーミステリー小説を読み直す。放課後洒落怖クラブで殿堂入りの怖い話を読み直す。テレビでレンタルビデオ店から借りているホラー映画を見直す。ノートパソコンでホラーゲームの実況動画を見る。もしくは、怖い仕掛けがしてあるサイトでも探す、など……。
だが、どれも実行する気になれなかった。というよりは、頭の中に昨夜の灯りのことがチラついて仕方がなく、何をするにしても、まともに手に付かない気がしたのだ。
それで、思い切って尾先の集落に行ってみることにしたのである。
こういう時は、思い切って確かめた方がいい。頭の中にモヤモヤがずっと残るよりは、実際に目にしてはっきりとさせた方がいいのだ。
普段は行動力に乏しいくせに、こういう時だけはすぐ実行に移すのだな、と自嘲していると、ふと、庭の馬酔木が刈られていることに気が付いた。
きっと、母がやったのだろう。丁寧に刈り込まれてはいないが、乱雑に伸びていた枝葉が、いくらか切り取られている。
結局、私が出る幕は無かったな―――。
そんな風に思いながら、坂道へと繰り出した。
夏らしく、青々と色づいた村の風景を眺めながら坂道を下っていると、あっという間に尾先の集落へと辿り着いていた。
道中、村の人たちに会うことは無かった。恐らく、女の人たちは公民館へ、男の人たちは川津屋敷かシラカダ様のお社へそれぞれ集まって、サトマワリの準備に追われているのだろう。大してやることもない、たったあれだけの行事に、そこまで時間をかけて準備をすることがあるのだろうか。
疑問に思いながら、尾先の集落へと足を踏み入れた。相変わらず、道には枯葉や枝切れが散らばっていて汚らしい。歩いていると、頭上にせり出した欅から、今にもそれらが降ってきそうだった。
中ほどまで来ると、足を止めた。五軒並ぶ空き家の真ん中——山賀家を見据える。
一昨日に訪れた時と変わりない、閉ざされたままの玄関。雑草が伸びて荒れ放題の庭先。壁にびっしりと這う蔦。薄汚れた窓の向こうに見える、閉め切られたカーテン。どこをどう見ても、人の気配が微塵も感じられない空き家だ。しかし……。
顔を上げる。二階の窓もカーテンが閉め切られていて、中の様子は分からなかった。
「……」
いざ目の前にすると少し迷ったが、ここまで来たんだし、と思い直して玄関へと向かった。
確かめてみるのだ。探ってみるのだ。昨夜見えた、あの灯りの正体を。
どうせ開かないだろうが、一応、玄関扉に手を―――、
「……えっ?」
掛けようとして、気が付いた。
―――鍵が、壊されている。
引き戸の取っ手の上、丸く出っ張った鍵穴を差す金具の部分が捻じり切ったように取り去られていて、ぽっかりと穴が開いていた。
どうして……。一昨日に訪れた時も、こうなっていただろうか?思い出せない……。
しかし、こうなっているということは……。
恐る恐る手を掛け、引いてみると――玄関扉はカラカラと音を立てながら、すんなりと開いた。
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