十七 歓迎会
次の日から、私が想像していた以上に楽しい日々が始まった。
優一くんと陽菜ちゃんは、毎日欠かさずラジオ体操に来た。二人とも、すぐに雅二おじちゃんと幸枝おばちゃんと仲良くなって、挨拶以上の会話をするようになった。
毎朝、みんなでラジオ体操をして、終わったら、その日は何をして遊ぶか話すのが日課になった。さすがに一日も欠かさずとまではいかなかったけれど、私たちは毎日のように集まって遊んだ。
村を駆け回って遊ぶこともあったし、私の家でゲームをしたり、テレビを見たりして遊ぶこともあった。その時は約束していた通り、陽菜ちゃんに凍らせて美味しくしたこんにゃくゼリーを振舞った。
みんなで河津酒屋に行って、少ないお小遣いで買えるだけお菓子を買い込み、紅葉原で遊びながら食べた日もあったし、辰巳が持ってきた貰いものだという小玉スイカを、頭沢で冷やした後にみんなで食べた日もあった。辰巳が落ちていた枝切れでスイカを叩き割った時など、みんなで歓声を上げた。そんなに甘くはなかったけれど、粉々になったスイカの破片をみんなでシャクシャクと食べていると、わけもなくおかしくなってきて、ケラケラと笑い合いながら種飛ばし大会をした。
私たちが遊び回っている間に、大人たちも山賀さんたちと親交を深めていたようで、尾先の集落へ野菜を持って入って行く村の人をしょちゅう見かけた。村の人たちの家の前で立ち話をしている山賀さんの奥さんを見かけたこともあった。山賀家という新しい風が、朽無村を一通り吹き抜けていくようだった。
次第に、その新しい風は朽無村の一部になっていった。山賀家の人が村の風景の中にいても違和感を感じなくなったし、あの白いワンボックスカーが——ノアという名前の車らしい――下の道路から上ってきても、何だろうとは思わなくなった。
風が溶けてなんてことのない空気になっていくように、山賀さんたちはすっかり朽無村に馴染んだ存在になっていった。
それに拍車がかかったのは、村中の田んぼから水が抜けて、トンボがひらひらと空を舞い始めた――中干しが終わってすぐの頃に、公民館で納涼会が催されたことによった。
納涼会と称していたが、要するにいつもの寄合いがしたかったのだろう。村の大人たちは、田んぼで行われる農作業が一段落する度に、公民館で寄合いを行ってお酒を呑むのだ。子供の私からしたら、お酒を呑みたいが為に田んぼの仕事をやっている風にも見える。
だが、今回の納涼会と称した寄合いには、ちゃんと行うに当たっての、有意義な理由があった。義巳さんが予てから言っていた、山賀さんたちの歓迎会を兼ねていたのだ。
七月の最後の日、三十一日の夜、朽無村の人たちはみんな、公民館に集まった。
みんな、というと語弊がある。来ていない人もいた。義則さんは当然のように姿が無く、久巳さんの姿も無かった。恐らく、今年の初め頃から患っているという難しい名前の病気のせいだろう。
久巳さんは去年まで、村中に響き渡るほどの怒号を飛ばしながら田んぼの仕事をするくらい元気のいいお爺さんだったが、病気のせいか、今年に入ってからは滅多に外で見かけなくなっていた。どうやら、身体を激しく動かすことができなくなってしまったらしく、ずっと家の中で過ごしているということだった。
かといって、よぼよぼと弱っているわけではないというのは、知っていた。夏休みに入る前、終業式の日に見かけたように、久巳さんはしょっちゅう家族に対して怒鳴っていたからだ。
私は内心、来なくて良かったと思っていた。久巳さんのことだから、きっと山賀さんたちに対しても偉そうに振舞うのだろうと思われたからだ。せっかくの歓迎会なのに、あんな聞き分けのない頑固な人から傍若無人に振舞われたら、山賀さんたちだって気を悪くするに違いない。
反対に、来てほしかった人たちが来ていなかったのは、がっかりした。河津酒屋さんの所の、絵美ちゃんと由美ちゃんの姿が無かったのだ。
私は、何より二人には来てほしかった。夏休みに入ってからは、ずっと会えずじまいだったので、色々と話をしたかったのだ。中学生ってどんな感じなの?とか、今度一緒に遊ぼうとか、そういう話を。
文乃おばちゃんによると、二人は家でテレビを見ているということだった。どうしても見逃せない番組があるらしく「二人揃って齧りついちょうばい」と笑っていた。
なので、公民館に来たのは、私の家族と、川津屋敷の義巳さんと、その奥さんの
公民館のお座敷に、足の低い長テーブルをコの字に並べて座っている大人たちを見ていると、朽無村の人って、随分と少なくなったのだなあと感じた。前は、雅二おじちゃんの所のお爺ちゃんの
「ほしたら、今日は朽無村に引っ越してきた山賀さんたちの歓迎会っちゅうことで……」
そうこうしている内に準備が整い、義巳さんが立って挨拶を始めた。テーブルの上には、村中の女の人——母や妙子さんたちが作った御馳走と、秀雄おじちゃんが持ってきたおつまみのお菓子、瓶ビールが並んでいる。炊事場の方ではまだせわしなく料理が作られているようなので、いずれまた別の御馳走が運ばれてくるのだろう。
私たち子供は、コの字のテーブルではなく、その横に置かれた真四角のテーブルに座らされていた。こっちには御馳走と、秀雄おじちゃんがビールと一緒に持ってきてくれたペットボトルのジュースが並んでいる。
ファンタオレンジが注がれたコップの模様を眺めていると、いつの間にか義巳さんの挨拶が終わり、代わりに山賀さんと奥さんが立ち上がった。途端に、優一くんが陽菜ちゃんを促しながら合わせるように立ち上がった。
「ええ、みなさん。今日は本当にありがとうございます。私たちの為に、こんな催しをして頂けるなんて……」
山賀さんは通っている小学校の校長先生よりも丁寧でテキパキとした挨拶をし始めた。時折、お調子者の雅二おじちゃんが飛ばす野次にも快く応えて、場を和やかに賑わしていた。
その時、私はふと、山賀さん夫婦と村の人たちを見比べた。
どちらも年齢に大差はないし、なんてことの無い普段の服装をしていたにも関わらず、明らかに見栄えが良かったのは山賀さんたちの方だった。
なぜだろうと疑問に思ったが、それをうまく表現できる言葉を、私は見つけられなかった。
強いて言うなれば、今もよく意味が分かっていないが、いつしか義巳さんが言っていたように、垢抜けているということなのだろうか。
山賀さんは村の男の人たちと違って、日焼けもしていないし、髪も爽やかに整えているし、使い古してくたびれた枕のようなお腹をしていないし、着ている服もパリッとしている。
奥さんも、スラリとしていて、控えめな茶色に染められている髪は艶があって、若々しくて、村の女の人たちが着ているのを想像できないような服をラフに着こなしている。
なんだか、わけもなく恥ずかしく、情けなくなった。と同時に、私はいつしか、テレビのバラエティー番組で耳にした、「田舎臭い」という言葉を思い出していた。司会のお笑い芸人が、東北地方出身のアイドルの母親が作った手料理の見た目を指して、ゲラゲラと笑いながら言い放った言葉。
あの言葉は、この朽無村にいるような人間のことも指していたのではないか。そして、それには当然、私も含まれていて―――。
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