93.見上げた空はどこまでも青くて

 一晩かけて考えたわ。ヴィルの愛情や犠牲、その献身ぶりを思い出すたびに胸が熱くなった。過去に3回不幸な死に方をしても、それを補う愛情を向けられているんだもの。当然よね。後悔する時間があるなら、未来を大切にして生きていこうと思う。


 あれからアンネと話し、精霊とも言葉を交わした。何度止めても代償を己の魔力や能力で支払う、そんな友を見守った辛さを……精霊はぽつぽつと語る。その言葉を聞くほどに、もっと早く気づけていたらと胸が苦しくなった。


 見つけてもらうのではなく、自分から見つけていたら。ヴィルは右目を失わずに済んだ。そう呟いたら、精霊は首を横に振った。


『君がそう思うなら、ヴィルを愛してあげてよ』


「ええ、愛してるわ」


 アウエンミュラー侯爵家の名や地位ではなく、私を見てくれた人。誰も示せないほど大きな愛情を注ぎ、それを振り翳して命令しなかった人。私はそんな無償の愛情を他に知らなかった。アンネの献身とも違う。私が私として生きていくために、ヴィルは必要だった。


「それで……ね、あの」


 頬を赤く染めて相談する。こんなことアンネに相談できないし、ロッテ様も無理だ。でも知らないままでは先に進めないから。人ではない精霊なら、恥をかき捨てても許されるわよね。


 首を傾げて待つ精霊に、おずおずと切り出した。


「ヴィルとその、そういう仲になるのは……結婚後がいいのかしら」


『……僕に、それを聞くの?』


 呆れた、精霊はそうぼやいたけど、耳元で教えてくれた。


「あれでいて初心なタイプだから、リードしてあげて」


 ごくりと喉を鳴らして唾を飲む。リードするのね、私が。頬から広がった羞恥の赤が、首や耳に広がっていくのが分かる。体がぽかぽかして、突然暑くなった気がするわ。


 ぱたぱたと手で仰ぎながら、結婚式までの残り日数を数えた。やだ、肌を磨かないと間に合わないわ。それと、ロッテ様のお祝いも考えなくては。


 自分の気を逸らすために用事を思い浮かべながら、エルマやアンネと相談するために部屋を出た。後ろ姿を見送ってくれた精霊の『似た者夫婦になりそう』という呟きを背に受けて。顔がにやけてしまう。足早に自室へ駆け込んだ。


「侯爵様、お熱でも?」


「いえ、大丈夫! 平気よ」


 やっぱりまだ赤いのね。何度も病気じゃないと繰り返しながら、王妃様の妊娠祝いを考える。生まれてから贈るのは当然だけど、その前にロッテ様へお祝いを伝えたかった。産まれて貰うのは子どもへのお祝いだもの。妊娠したお祝いもあっていいわよね。


 ヴィルに愛されている自覚が胸を温める。結婚式で妻になって、いつかあの人の子を産むの。想像するだけで嬉しくなった。


「ロッテ様のお祝い、何がいいかしら」


「一般的には赤子に使う物が多いです」


 エルマの言葉に、それは出産祝いで用意すると伝えた。妊娠のお祝いを考え始めたアンネとエルマが、顔を見合わせる。


「妊娠すると体型が変わりますので、ゆったりしたワンピースなどいかがでしょう」


「靴もヒールがない安全な物が好まれます」


「すぐに用意しましょう! 妊娠していても可愛い服がいいわ。あの方なら何色でも似合うでしょうけれど、柔らかな紫か緑がいいわね」


 アイディアを出し合いながら、ふと準備の手を止めて見上げた空は青く。無意識にお腹を撫でる。安心して、エーレンフリート。またあなたを産むから。心の中でそう囁いた私は、小さな笑い声を聞いた気がした。

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