70.王妃様のお誘いに嫉妬するなんて
大公家に勤める人は、人格者ばかりね。これもヴィルの人柄かしら。居心地良く過ごす部屋は、いつも清潔に保たれる。ドレスを着せてもらうのも慣れてきた。
以前は全部自分で行っていたから、一人でも着られる簡素な服ばかり。夜会へ行った記憶なんて、結婚してすぐの頃だけだった。化粧も身支度もすべて一人で行う。実家でも同じだったから、多少の不満はあっても出来てしまった。今は何もかもアンネやエルマが手助けしてくれるので助かるわ。
「侯爵様、お手紙です」
呼び名も、侯爵で落ち着いた。実際、他家の当主が滞在するときは肩書きで呼ぶ。結婚したら奥様に変わるのね。その日が楽しみだった。
「ありがとう」
エルマから受け取った手紙を開く。さっと差し出されたのは、ペーパーナイフだ。執事が同行していたら開けて渡すけど、侍女にそこまでの権限はない。このウーリヒ国は、使用人の権限やランクに関して他国より厳しかった。その分だけ、身分や保障がしっかりしている。
手紙は王家の封印がなされていた。開くと柔らかな筆跡で、お茶会への招待が記されている。でも招待状じゃないわ。招待状ならカードになっているもの。署名は王妃シャルロッテ様だった。
「これ、お茶会のお誘いなのだけど……どのくらいの格式かしら」
首を傾げてしまう。後ろで私の髪を梳いていたアンネが、手早く結い上げる。慌てて頭の位置を戻した。動いたら結いづらいわよね。お気に入りの髪留めで纏めた赤毛を鏡で確認して、アンネにお礼を告げた。
「ヴィル様か、執事のベルントさんにお話してはいかがですか」
「そうしましょう」
ちょうど髪も整えたばかり。立ち上がって部屋を出る。先に出たエルマがヴィルへ来訪を告げるから、少しゆっくり歩きましょう。途中で、いつもの絵を見上げた。お母様の若かった頃の肖像画だ。月光の少女と名付けられた、結婚前のお母様のお姿は美しい。私ももっと似ればよかった。
「侯爵様にそっくりです」
「そうかしら」
他人から見れば、親子だから似て見えるのかも、私自身はお母様に見劣りすると思っていた。父や義母に罵られて生きてきたから。ずっと私は醜くて価値がないと思い続け、前世は苦しんだわ。レオナルドの扱いに我慢したのも、それが原因ね。自分を価値のない女だと思い込んだ。
「ええ、侯爵様の肖像画のようです」
執事ベルントが、この絵を見つけたヴィルは大枚を叩いて競り落としたと教えてくれた。有名なツェーザルの絵だから高額なのは分かる。周りに並ぶ風景画は、少し変化していた。季節に合わせて絵を掛け替えたみたいね。
花が入った絵ばかり。暖かくなってきた季節に合わせたのでしょう。花に囲まれたお母様をしばらく見つめ、ヴィルの執務室へ向かった。
「ヴィル、お聞きしたいの」
通された部屋で、届いたばかりの手紙を見せる。執務室は重要な書類が届く場所だから気を使ったけれど、彼は「君に見せられない重要書類なんてない」と笑った。差し出した手紙を確認したヴィルは、口元を引き締める。
「これは……」
何かお咎めかしら。それとも? 悪い方へ考えてしまうのは、ヴィルの眉間に皺が寄ったから。右目を眼帯で覆う彼は、額を押さえてから前髪をかき上げた。一連の動作を見守る私は息を詰める。
「私的なお誘いだな。僕の同行を拒むあたり、性格が悪い」
私的なお誘いなら、確かに招待状は発行しないわ。ほっとした。過去の私は、私的な付き合いをする貴族令嬢を知らない。だから初めての経験だった。胸が高鳴る。私とお茶をして、個人的に会いたいと思ってくれる友人がいる。
「嬉しそうで何よりだけど、少し……いや、かなり妬ける」
ヴィルの言葉に、緩んだ頬が笑みに崩れた。
「なら、あなたの色の服を纏うから選んでくださる?」
「もちろん! 上から下まで、僕のローザだと主張する装いを提案するよ」
嫉妬されるのも、独占欲を向けられるのも、愛する人が相手なら嬉しい。なんだか可愛く見えてしまうわ。
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