71.私は何も知らないのね

 着飾って馬車に乗る。貴族令嬢なら経験するごく当たり前の風景だけど、私には新鮮だわ。最低限しか外へ出してもらえなかったから。馬車に乗り込むと、向かいへアンネが座った。侍女は同伴してもいいみたい。


 ロッテ様のお手紙に、ヴィルは同席させないと書いてあった。ふふっ、女性同士のお話があるんですって。こんな経験初めてで楽しみだわ。


 今日の装いはヴィルが用意してくれた。黒いドレスは、銀の刺繍がグラデーションを作る美しいプリンセスライン。ドレスの腰までは刺繍で生地が見えなくなるほど。所々に宝石も縫い止められていた。膨らんだスカートは、上に行くほど刺繍が多く、膝下はほとんど刺繍がなく黒い。艶のある絹の光沢が広がる裾は、細く銀のレースが揺れた。


 派手じゃないかしら。そう呟く私に、ヴィルは微笑んで首を横に振った。未婚女性なら着飾るのは当然だし、大公の婚約者が地味なドレスで登城すれば逆に噂になるよ。そう言われたら、納得してしまう。


 首飾りは迷ったけれど、婚約指輪と合わせたダイアを選んだ。私の瞳に合わせたアクアマリンも用意してもらったの。でも、婚約指輪とお揃いだから、ヴィルがいない場所でも彼を感じられる物を身につけたかった。


 耳飾りまでつけると豪華すぎるので、お飾りはシンプルにした。黒に銀のドレスが目立つから、このくらいでいいわ。赤毛に薄氷色の瞳をもつ私が着ると、黒いドレスはすごく華やかになった。


 馬車の窓から見える景色は目新しくて、近づく王宮に目を輝かせる。綺麗だわ。白い壁に青い屋根、蔦は緑で薔薇も咲いていた。


「王宮って近いのね」


 リヒテンシュタイン公爵の屋敷も近かったけど、こんなに早く着かなかったわ。


「王都にある貴族のお屋敷は王宮の外ですが、大公家は王宮の敷地内ですから」


「……そう、なの?」


 知らなかったわ。王宮の敷地って広いのね。あの広大な屋敷を飲み込んで、さらに馬車で移動するほど距離があるなんて。アンネは大公家で働くようになり、同僚や執事ベルントから色々と学んでいるらしい。私の方が知らないわね。


「到着します、侯爵様」


「アンネと二人の時に、侯爵様と呼ばれると不思議な感じ」


 ふふっと笑い合い、馬車から降りる。手を貸した警護の騎士に礼を言い、案内に訪れた侍従の後を歩いた。庭園の間を抜ける道は景色も良く、今日は天気もいいから気持ちがいいわ。案内されたサバトリーは鳥籠の形をしていた。


 中に入った私は、整えられた美しい庭園に目を見開く。思わず声が漏れた。


「素敵」


「褒めていただいて嬉しいわ。来てくれたのね、ローザ」


「お招きいただき、ありがとうございます。ロッテ様」


 挨拶を交わし、美しい花々に囲まれた温室の中央へ進んだ。ソファとテーブルが並ぶ緑に囲まれた鳥籠は、とても居心地がいい。よく見たら、珍しい色の鳥が放たれていた。


「すごいですね」


「これ、先代のアルブレヒツベルガー大公がプレゼントしてくださったらしいわ。ヴィクトール様のお父様ね」


 まぁ。後でヴィルに尋ねてみましょう。帰ってからの楽しみができたわ。

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