69.名家といえど滅びは訪れる

 ヴィルは復讐の内容を詳細に語らなかった。綺麗に着飾ってもらい、アンネやエルマに囲まれて幸せに微笑む。それが今の私の役割だった。


「リヒテンシュタインは解体し、領地の半分をアウエンミュラー侯爵への賠償に当てた。残りは王家に差し出せば、誰も文句は言わない」


 文句など言わせない。重ねられた言葉に、私を守ろうとするヴィルの気持ちが滲む。執事ベルントはある程度、知っているのでしょうね。手足となって協力していることでしょう。だからベルントに尋ねるのはやめた。板挟みになるのは気の毒だわ。


「あの人達はどうなったの」


 知りたいのはそこだ。家の滅亡ではない。もちろん家名断絶は、公爵家にとって一大事だけれど。私にはそれほど価値がなかった。ヴィルは前世を知っている。理由はわからないけど、私が殺されたことも承知だった。だからぬるい処罰ではないと思う。


 自惚れるほど、彼は私を愛してくれる。その気持ちを疑うことはないわ。


「レオナルドは牢内で一生を過ごす。もちろん奴隷以下の生活でね。その牢へあの女、ユリアーナも放り込んでやったよ」


「……同じ牢へ?」


「君を殺してまで添い遂げようとしたんだ。叶えてあげるさ。まともな食事も服もない、薄暗い牢獄の中でね。化粧もせず風呂も入れない状況で、どこまで耐えられるか見ものだよ」


 ふふっと笑うヴィルは、突然心配そうに私の表情を窺った。


「ローザは、こんな僕を嫌うか?」


「いいえ。お礼を言うわ、ありがとう」


 私の代わりに手を汚してくれたのよね? 後ろで給仕するアンネも頭を下げた。その後聞いたのは、今回優しくしてくれた使用人達の行く末だった。アルブレヒツベルガー大公家の傘下にある一族へ、それぞれ推薦状を与えて振り分けたんですって。


 リヒテンシュタインの分家だった伯爵家は、ユリアーナの実家で解体対象に入った。財産も領地も名誉もすべて奪われる。爵位もお金もない元貴族は、大きく二つの未来があると聞いた。行いが良く領民に慕われる貴族は、彼らの助けを得て平民として幸せな人生を歩む。


 恨まれ、嫌われた貴族の未来は暗い。使える技術を持たないので、男性はキツい単純労働しかなかった。体力がないので、ケガや病ですぐ亡くなる。女性も刺繍や料理の技術があればいいが、なければ娼館くらいしか引き受け先がなかった。


 それでも、今の話は幸せな方だ。もっと酷い貴族は、爵位を失った途端に裕福な平民に買われる。奴隷より酷い扱いを受け、靴底がすり減るように嬲り殺されるらしい。これはよく、貴族が子どもに言い聞かせるお話のひとつだ。だから領民に恨まれぬよう善行を施す領主になりなさい、という教訓だった。


 リヒテンシュタインの分家は男爵、子爵を含めてすべて解体された。解散させられた一家は、身ひとつで投げ出される。離れに捨てられた私と同じね。


「侯爵様、お茶のお代わりはどうなさいますか」


 アンネが首を傾けて尋ねる。口元が笑ってるわよ。あなたも前世では酷い目に遭ったもの、気持ちがスッとしたわよね。


「そうね、頂くわ」


「旦那様にもご用意いたします」


 温めたカップにお茶が入り、使っていた食器が下げられる。貴族なら当たり前の状況だけど、私には新鮮だった。これから普通になるのよね。


「ローザ、一緒に出かけませんか? 庭でもいいので」


「お付き合いしますわ」


 微笑んでヴィルの手を取る。過去を片づけたなら、未来を見なくてはね。

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