37.こんな風に着飾るのは初めてよ
何度尋ねても、アンネは教えてくれない。意地悪をするというより、ヴィクトール様が私に教える形を望んでるみたいだった。薄暗くなる室内に灯りを運んだ侍女が、アンネに何か耳打ちする。にっこり笑ったアンネが指示を出した。
そういえば、彼女は私の専属侍女になったのよね。でもどうやって引き取ったのかしら。あんな決別の仕方をしたのに、リヒテンシュタイン公爵家が素直に応じるはずないわ。嫌がらせを兼ねて、アンネを返せと言ってくる可能性もあったのに。
アルブレヒツベルガー大公家の権力の大きさに、私はやや気後れし始めていた。私を連れ出すだけでも無茶をしたのに、アンネまで。その上こうして住む場所を提供してくれる。書類の提出も気を遣ってもらい、国王陛下に直接手渡してくれるのよ? 至れり尽くせりを通り越して、怖いくらいだわ。
対価を要求されても、何も持っていない。アウエンミュラー侯爵家は古いけれど、名前だけの侯爵家だった。大した財産もないし、差し出せる家宝もない。溜め息をつく私に、アンネは軽い口調で入浴を促した。
「お風呂なら寝る前に入るわ」
「お嬢様、大公閣下……旦那様より晩餐をご一緒したい旨のご連絡がありました。着飾って誠意を示す必要がございます。それに先程の質問も、旦那様になさってください」
アンネがヴィクトール様の呼び方を変えた。リヒテンシュタインの侍女なら「大公閣下」が正しいけれど、アンネはもう大公家の侍女だから。主人となる当主ならば、「当主様」や「旦那様」と呼ぶのが正しいわ。以前もレオナルドを旦那様と呼んでいたので、私は違和感なく頷いた。
他の侍女も手伝い、大急ぎで支度を整える。どうしても男性より女性の方が着飾るのに品数が多く、時間がかかるのが常だった。大公閣下をお待たせするわけに行かないわ。入浴している間にアンネ達が選んだドレスを身に纏う。
まだ蔑ろにされる前だから、さほど痩せていない。苦しいけどコルセットを締めるようお願いしたら、侍女全員に首を横に振られた。食事が出来なくなることや、ヴィクトール様の指示があるみたい。
腹部に力を入れて、出来るだけ細く見えるよう努力しながらドレスを着せてもらった。淡いミントのドレス、この色は初めて着た。赤毛だから、華やかな原色ばかり与えられていたけど、緑は赤と相性がいいのね。柔らかい印象になる。
所々にアクセントのように使われたオレンジが、赤毛を引き立てた。同系色が入ってるだけで、不思議と着慣れた感じを生み出す。琥珀の飾り物を付けて、髪はハーフアップにして右へ流した。結婚したら結う女性が多いけれど、今の私は未婚女性として扱われているわ。こちらの髪型の方が相応しいはず。
アンネの言葉を信じて髪を流し、化粧を施した。いつもより淡い柔らかな色を使うだけで、キツい顔立ちが幼く見える。驚く私は、まるで別人のような鏡の中の姿に見惚れた。正直、化粧や色の使い方だけで、こんなに変わるとは思わなかったの。
私に専属侍女はいなかったし、それどころか普段から無視されてきた。ドレスは与えられた物で選べなかったし、お飾りもお母様から譲られた物。それも高価な物は売り払われてしまったわ。侍女や周囲の女性の化粧を見よう見まねで施した、私の拙い装いとは大違いだった。
「お綺麗です、お嬢様」
「旦那様も惚れ直しますわ」
侍女達の言葉に頬を染め、心の中で訂正した。惚れ直すことはないわ、あんな素晴らしい方が私に惚れることはないもの。そう卑下しながらも、嬉しくて口元が綻んでしまった。
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