34.二度と後悔しないために――SIDEヴィル

 ローザリンデ嬢は、僕に名前呼びを許した。そんな隙を見せてもいいのかい? 僕はどこまでも図々しくなれるのに。


 君の前で照れてしまうのは、演技じゃなく本音だ。だが僕は上品な育ち方をしていないから、獣のようにその喉に食らいつきたくて仕方ない。ずっと我慢してきた。魅力的な君が目の前で微笑む。欲しくて欲しくて、でも他人の妻だからと言い訳して距離を置いた。


 あの日、国王主催の夜会に呼ばれて、面倒を避けるためテラスに逃げ込んだ。僕のいるテラスに偶然現れたのが、ローザリンデ嬢だった。この時はすでにリヒテンシュタイン公爵夫人だったけど。着飾った美しい姿より、テラスにいる猫を構う姿に見惚れた。優しい手つきで、ドレスなのに膝を突いて。無理やり抱き上げるような無粋なことはせず、ただ穏やかな微笑みを浮かべて撫でるだけ。


 いっそあの猫になりたいと願った。常に同行する精霊達に彼女の正体を探らせ……その夜のうちに失恋する。アルブレヒツベルガーの権力を持ってすれば、君を奪うことも出来ただろう。略奪者の汚名など気にしないが、ただ嫌われたくなかった。


 忘れることも出来ない中、精霊からローザリンデ嬢の死を聞いて――僕は狂ったんだと思う。一度目の君は、餓死だった。あり得ないことだよ。リヒテンシュタインは、豊かなウーリヒ王国の公爵家だ。数多の系列貴族を従え、大きな領地を治める一族の……当主の妻が餓死? 考えられない事態に、思うより先に体が動いた。


 彼女の死はおかしい。生きて寿命を全うすべきだ。そのために必要な対価は僕が払おう。左腕に宿る魔力を代償に、時間を巻き戻した。結婚式の1年前まで返ったが、彼女はその時点で公爵の婚約者だった。今思えば、この時に奪えばよかったのだ。だが今度こそ幸せになれるはず。そのために手を回したが、二度目も不幸な死を迎えた。


 閉じ込められた彼女を救出する手筈を整えたのに、まるで知っていたように火事で焼け落ちる。中にいたローザリンデ嬢は苦しんだのだろう。瓦礫に潰された彼女を前に誓った。


 今回の巻き戻しで彼女を助けようと。レオナルドが領地へ出向くトラブルを事前に解決し、彼女のそばに残るよう工作した。彼女に惚れて娶った夫が離れるから殺される、そう考えたのに……あの男は自らの手で彼女を!


 二度目の代償で支払ったのは、右目の視力だった。どうせ見えない目なら、ともう一度戻す決意をする。三度目は眼球に宿る時を戻す能力をすべて差し出し、魔力を振り絞った。もう大きな呪術に使えるほどの力は残らないかも知れない。歴代最強と呼ばれた己の能力が高かったことを、これほど誇ったことはない。


 愛した女性のために、すべて差し出した。その決断を悔いることはないだろう。お茶菓子の甘さに和らぐ表情は好ましく、所作の美しさに目を細めた。親友である精霊達と国王ラインハルトに背を押され、ようやく決断できた。


 もう時間は戻せないし、大きな呪術も使えない。それでも……君が生きて僕の前で微笑んでくれること以上に、重要なことはないから。僕は同じ状況になったら、また同じ決断をするよ。


 心地よい温室で、愛しい人を前に僕は幸せな気持ちで微笑んだ。



















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【獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ】


 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。

「私ね、皆を守りたいの」

 幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860740714286

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