31.変えた未来を後悔するよりも

 アンネと二人になってから、いろいろ話した。ヴィクトール様が何を考えているか。将来的に求められる可能性がある代償は何か。すべて憶測だけれど、あの人は私に無理を言わないと思う。


 過去の苦しみや屈辱を繰り返す気はない。復讐したいかと問われたら頷くほどに、レオナルドとあの女が憎かった。私の公爵夫人としての立場も生活も、健康や我が子さえ……そこで考えが止まる。


「アンネ、私達……未来を変えてしまったわ」


「奥様がご無事なら、私は構いません」


「ありがとう。でも、エーレンフリートの件なの」


「あっ!」


 アンネもようやく理解した。私達の知る前世では、必ず息子がいた。つまりそれは、私が妻としての役目を果たしたという意味。今回は生き残ることを優先して動いた結果、私は彼を拒絶した。生まれるはずの我が子は宿らず、未来は壊れてしまった。


「あの子はもう……」


「残念ですが、生まれることはないと思います」


 暗い雰囲気が部屋に満ちる。生まれて一度も抱くことを許されなかった。それでも私が腹を痛めて産んだ子だわ。未来で生まれるはずだったエーレンフリートを、私が殺してしまった。


「奥様、これからのことを考えましょう。お子様は残念ですが、奥様は旦那様の子を産む気がないのですから。あのまま残っても、生まれません。私達は新しい人生を生きるだけで必死なんです」


 飢えて死ぬ未来も、火事で崩れた建物に押し潰される人生も拒んだ。だから仕方ないわ。代償としては大きいのかしら。でも……あの子を一度も抱いてない。だったら同じよね。


 私の人生を犠牲にして、あの子は生まれた。奪われ虐げられるだけの私と違って、公爵家の跡取りとして。見知らぬ女を母と思い込んで生きたの。だからいいわ。あの子はあの女の子どもだった。そう思うしかない。


「奥様、大公閣下をお茶にお誘いしてはいかがでしょうか」


「どうして?」


 アンネの提案に驚く。まだ敵か味方か分からない人と、お茶を? それもこちらからお誘いして。ヴィクトール様は、国王陛下と並ぶ有力者アルブレヒツベルガー大公なの。由緒があっても落ちぶれたアウエンミュラー侯爵家とは格が違うわ。


「相手を知るためです。大公閣下のお人柄が分かれば、今後の対策も具体的になります」


「……そうね」


 大公閣下について知ってることなんて、レオナルドに対しての強い口調。国王陛下を呼び捨てにするほど親しいこと。なぜか私に優しく接してくれることくらい。


 今後を考えるなら、彼の性格や考え方を知る必要があるわ。アンネの提案に乗ってみましょう。お茶だけなら、ご一緒しても問題ないはず。私室にお招きするわけじゃないもの。アンネが屋敷の者に言付けをしてくれた。


 執事がお茶を飲むなら、温室に用意すると言う。私の体調を気遣って、暖かい場所を選んだのね。頷いたことで、彼らは一斉に動き出す。まるで屋敷の女主人が命じたように、その表情に迷いはなかった。

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