05.賭けに勝っても負けても――SIDEアンネ
なんてお気の毒な奥様。前世であれほどご苦労なさったのに、また同じところから始まってしまった。繰り返される未来を知るから、奥様をお助けする方法を考えなくてはならない。
結婚式の夜、奥様は青ざめていた。もしかしたら? 奥様にも前世の記憶があるのかと期待する。それでも確証が掴めないまま送り出した。前回を覚えているなら、初夜を拒まれるのでは? 気になって部屋の近くに控えた。
しばらくして、奥様の叫び声と旦那様の足音が聞こえる。深く頭を下げて通りかかったフリをした。その私に、旦那様が声をかける。
「妻が不安がっている。付いてやってくれ」
「はい」
短く返事をして、旦那様と距離が空くのを待ってから、開いたままの扉に手を掛けた。声を掛けて優しく抱き起こすも、このベッドは嫌だと泣き出してしまう。以前は細くて折れてしまいそうだった手や肩を抱いて、奥様が使う客間に戻る。眠っても部屋にいると言えば、安心した顔で微笑んだ。
大切な、大切な奥様。前世で私の失敗を庇ってくださった。掃除中に落として割ったのは、高価な花瓶。王家から賜った物と聞いている。とても弁償などできない高額な品を、あの方は「私が手を滑らせてしまったの」と罪を被って微笑まれた。謝ろうとした私を押し留めて、気にしなくていいと髪を撫でてくれたわ。
あの時決めたの。何があっても、私は奥様の味方になろうと。奥様に仕えるため、この屋敷に来て侍女になったとさえ思った。あの女が来て偉そうに奥様の権限を使い、部屋から追い出し、旦那様を奪った。あの屈辱が再び訪れる前に、奥様の地位を固めなくては。
誰でもない、これは私の役目よ。神様が与えてくれたチャンスなの。本当は逃げてしまえばいいのでしょう。でも、あの女を許せません。奥様の代わりなんて誰もいない。だから、これは前世を知る私の復讐です。奥様を巻き込むことをお許しくださいませ。
目を閉じた奥様の吐息が深くなるのを待って、ベッドサイドに膝を突いた。神に祈るように両手を組んで、奥様にお詫びする。
「申し訳ございません、奥様。それでも……私は許せないのです。必ずお守りしますから」
呟いた声が部屋の中に消えていく。奥様が夜中に起きてしまわないよう、紅茶のブランデーを多めに入れました。ぐっすりお休みください。その間に、私はすることがございます。
なすべき事を終えて戻った私は、奥様の目覚めを待った。目を覚ました奥様の支度を手伝いながら、私は覚悟を決める。美しいお顔を縁取るのは、燃えるような赤毛。伏せた瞳は、薄氷を思わせる青。稀有な宝石のような方に、これから試練が訪れる。先手を打たなくては!
「奥様は覚えておられますか?」
賭けだった。苦しい思い出を忘れていて欲しい。今生は守られるだけでいいのでは? その賭けに私は負けたのか……勝ったのでしょうか。取り出した小瓶を見た奥様は、震える唇で紡いだ。
――覚えてるわ。
声にならない悲鳴が聞こえた気がした。ああ、神様ほど残酷な存在を私は知りません。なんと望ましく、哀しいのでしょう。鏡越しの答えに、頬を熱い感情が伝いました。怒りと悔しさと、ほんの僅かな喜びをのせて。
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