16 母の正体
数時間ほど走り、街道から外れた水場に到着したところで、ウルクは馬車を止めた。
ジョンが馬に水を飲ませに行き、双子はすっかり眠り込んでいる。体の方は二時間ほどで入れ替わった。あの状況で新記録を叩き出すとは、ソラリスはよほど本番に強いらしい。
妙な体勢で眠る双子を横に寝かせ直していたソラリスに、カンナが切り出す。
「で、どうするのよ、これから。ただ遠くに逃げるんでいいの?」
少し考えたソラリスは、御者台から馬車内へ戻ったウルクに問いかける。
「主人の命令って言ってたよな。ウルクは俺達をどこに案内しろって言われてるんだ?」
「その前に伺いたいことがあります。ミュスカ様の母君について」
「お母さんについて……?」
ウルクは丸い虹彩で、飲み物と軽食を差し出したミューを見つめる。
「母君の血筋について、ご存知のことはありますか?」
「えっと……混血ではあった、よね?」
問われたカンナは「知らないわ」と首を振った。
「あたしも直接ミラに出自を聞いたことはないわ。過去を問うのは一座のルールに反するし、出会った場所を聞けば想像もついたから」
「出会った場所って、たしかどこかの森って言ってたよね」
「そう。カイが——あんたの父親が、ある日いきなり連れてきたのよ。西の森から」
意外な地名にソラリスと、ミュー自身も驚く。カンナは記憶を辿るように瞼を下ろした。
「西の森近くの宿場に滞在していたことがあってね。冬だったから数ヶ月はいたかしら。訳ありの森だから近付くなって言ってあったのに、カイは曲作りには静かでちょうどいいって、毎日のように通ってた。どうやらそこでミラに引っ掛けられたみたいでね。まったくあたしのカイを横から掻っ攫ってあの女……稼ぎ頭じゃなけりゃ放っぽり出してやったってのに芸だけは達者だったからずるずると最期まで面倒みちゃったわよったく……!」
「……なぁ、なにこれ」
「お父さんのこと取り合ってたんだって、カンナとお母さん」
「へぇ……人に歴史ありだなぁ……」
ソラリスと小声で囁き合う。ウルクは「なるほど」と納得した様子で頷いた。
「そしてミネルヴァ様はミュスカ様をお生みになって……今はもう、亡くなられているんですね」
頷きながら、ミューはふと疑問に思う。一座ではミラで通っていた母の本名を、ウルクに伝えたことがあっただろうか?
「で、ミューのお母さんがどうかしたのか?」
「あなた方は、西の森の〈魔女〉の物語をご存知ですか?」
問いに問いで返したウルクに訝しげな顔をしつつも、ソラリスは頷いた。
「『日の沈む森』が舞台の童話なら昔、読んだことがある」
「あ、私も。お兄さんにもらった本で読んだよ。ソルが読んだのと同じかな?」
「……あの本、手元に残してあったのか」
やけに驚いたソラリスを不思議に思うが、理由を尋ねる前に、ウルクが口を開いた。
「ご存知なら話が早い。その童話はある程度は真実です。——かつてこの地には『力あるもの』がいました。長命な少数部族で、建国の際にも七部族に加わらず中立を保ち、追われた七部族以外の者たちを自らの聖地に匿った。その『力あるもの』が守護する聖地が西の森です。だから建国後も、アーミラルは西の森には不可侵なんです」
「それが本当なら、『忌み地』っていうのは国が作った後付けの言い訳ってことか?」
「それは好きに解釈すればいいですけどね。事実として西の森には今も『力あるもの』がいる。そしてミュスカ様の母君は、その『力あるもの』——〈
「え……? ど、どういう……こと?」
「実践すれば早いですね。歌ってみてくれますか? 入れ替わる際の歌を」
促すウルクに従い、ソラリスは音を慎重に拾い上げて歌った。
「——…………♪」
視界がぶれ、体が戻る。
表情の変化で入れ替わりを悟ったのか、ウルクは「間違いありません」と頷いた。
「今の歌は、〈歌姫〉が力を行使する時に紡ぐ旋律です。あなた方に働く不可思議な力は、その歌——というかまぁつまり、ミュスカ様が原因みたいですね」
「え? ……じゃあ、こんな風になったのは私のせい、ってこと……?」
「入れ替わる前に歌ったりしませんでした? ソラリス様に聞かせたりとか」
「あ」
ぽかんと顔を見合わせる。ウルクの指摘は見事に状況に符号している。いやでもしかし、まさか、そんな。
「で、でも私入れ替わりたいとか思ってないし、私のせいって言われても……! そうだ、黒い光は私じゃなくってお兄さんの腕輪からだし、だから全部が私のせいってわけでは」
「そんな怯えるなよ、お前のせいなんて言ってないだろ。落ち着け!」
「だだだだって! 正直今まで八割くらい巻き込まれた気持ちでいたのにいきなり自分が原因とか言われるとびっくりするし! ごめんなさい!」
「——な、なんだ、どうした⁉︎ ミューの悲鳴すごい聞こえるけど、敵襲か⁉︎」
馬を繋いで戻ったジョンが焦ったように幌を開く。眠る双子も「うーん」と迷惑そうに身じろぎして唸った。カンナがため息をつく。
「とりあえず、川で顔でも洗って落ち着きなさい、ミュー」
連れて行けとソラリスに視線で促したカンナは、次いでウルクに目を向ける。
「それで、どうしてそんなことを知ってるのかは話せるの、そちらさんは?」
「僕は、主人に西の森へお二人をお連れしろと命じられています。詳しくは、そこで主人自ら話したいそうです。まぁ、ミュスカ様にとってはきっと、悪い話ではないですよ」
「なるほどね。……じゃあ、こちらさんの提案に乗るかも含めて、話し合ってきなさい」
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