最終話 お別れ

私は所属していた劇団も、

そこに居た役者達もみんな大好きでした。

家族以上に、兄弟以上に思っていたこともあります。


金欠だし休みはないけど、ずっとずっとお芝居を作って行かれたらどんなに幸せなんだろうと思っていました。


しかし、別れの時は突然訪れたのです。


私は退団することにしました。

原因は主宰との揉めごと。

そこには何人かの役者も関わっていて、私は大好きだった芝居仲間に不信感を持つといつ最悪の状態になっていました。


事務所が家だった私は、新しい部屋を契約し荷物をまとめ出ていくことに。

でも出ていくその日にも私はまだ迷っていました。

主宰のことはもう信用できないけど、お芝居は好き。

劇団のみんなも好き。私が辞めると話したら同じく辞めると言った人もいた。

私さえ我慢すれば…。なのか?


なんてボンヤリ考えていると事務所の電話が鳴った。


はい、□□□事務所です。


「あの、△△さんはもう出演しないですか?」


△△とは、うちの劇団に数年間所属して、少し前に退団した女優だった。


申し訳ありません、△△は退団しておりますので今後当劇団には出演しない予定です…。


「そ、そうなんですか?!どうして…とか、ごめんなさい、事情を聞くなんて迷惑ですよね…でも残念で…スゴい好きだったから…あの3年前の公演でお姫様役やったじゃないですか?一目惚れしちゃって…」


(うん、最高だったよね。あのお姫様役。私も大好きだった。和風の話だったから受付スタッフにもはっぴを着せて接客したっけ)


「その次にやった研究員の役も!清楚で可憐で、守りたくなるヒロインてのがハマってて~」


(うんうん、あれも良かったよね、あの役は彼女にバッチリあってた。グッズも飛ぶように売れて、補充が大変だったのは初めてだったな)


「次の所属する劇団とか、なにか知らないですか?」


申し訳ございません。

退団してからは連絡を取り合ってはいないので、分かりかねます。と言うとその人は“ありがとう”と言って電話を切った。


電話を受けたことで思い出がぶり返し、そのあと涙が止まらなくて泣きまくった。

そして、やっぱり離れなきゃなと決意できました。

自分がこんなに悲しんでいて、お客様なんて絶対笑わせられるはずがない。


また見付けよう。

“オモシロ”って思える何かを。

きっと見つかる。

世界は広いんだろうし!



そのあと私は派遣社員になり、

昔の友人のつてで正社員になり、

お見合いして結婚して今に至ります。


制作スタッフをやる上で培ったものは、この一般社会を生きる上でも意外と役立つことが多く、今でも助けられています。特にアドリブ能力。

でも、お芝居を作るオモシロさを越えるものには結局出会えずに来てしまいました。


慢性的金欠で、人間関係もややこしくて面倒で、ゆっくり出来る時間も殆んど作れなかったけど、あれほど楽しい時間を他に知りません。


そして人脈スパークして知り合った戦友達は、今でも親友として私と繋がり続けてくれています。


「環ちゃんさ、あの頃の話ちょっと文章にしてみなよ」


と親友達に勧められ、今回初めて制作スタッフ経験談を文字に起こしてみました。


「え!何この仕事…」

「金も儲からないみたいだし」

「何が楽しいの?」


そんなお声が聞こえてきそうでトホホではありますが、マジで楽しかったんですよ?

自分が惚れて惚れて惚れ込んで、コレと決めた道をひた走るって。


少しでも異世界を覗いた気分になっていただけたら、そしてやりたいことやってみようかな?と思う1つのカギになっていたら幸いです。


私もまた、やりたいことやる気になってきたので。


END

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お客様、開演までお待ちください。 森江 環 @moriekan

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