takemotさんとお互いの小説の第一話シャッフルする企画

白き悪

takemotさん作『ねぇ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ』

 僕は、目の前に置いてある瓶を見つめていた。

 今からここに入っている大量の睡眠薬を、余さず飲み込もうと思うのだ。


 瓶の蓋を開ける。

 これまでの人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡って之く。

 思い返すまでもなく、良いことなど何一つない人生だった。


 生まれた時から両親と親戚の人たちの仲が悪くて。

 『鬼の子』なんてさんざん陰口たたかれて。

 唯一、僕を気遣ってくれたおじさんが病気で亡くなって。

 小学校でも中学校でもいじめられて。

 一生懸命頑張って勝ち取った全国大会準優勝の賞状を、目の前で破かれて。

 環境を変えるために地元から遠く離れた高校に進学した矢先に、両親が交通事故で亡くなって。


 ああ、もういいだろう。

 何もかも奪われて、盤面は最悪。あとはただただ、詰みを先延ばしにするだけの局面じんせい

 それならば、潔く投了じさつすべきだ。


 睡眠薬を瓶から取り出し、手に取った。

 あとはこれを飲み干すだけで、僕の人生は終わる。そのはずだった。


 しかし、その寸前。もう終わるだけだと思っていた盤面じんせいに、神の一手が舞い降りた。

 正確には、神というより死神なのだけど。


「ねえ、君、死ぬ前に私と将棋しようよ」


 背後から唐突に響いた声。振り向くとそこに、一人の女性がいた。

真っ黒なローブに真っ黒な三角帽子。

 純真無垢な印象を受ける、綺麗な赤い瞳。

 部屋の蛍光灯に照らされてキラキラと輝く、胸のあたりまである長い白銀色の髪。


 死神というより魔女のようなその佇まいに、僕は唖然とする。

 死を運ぶ者であるはずの彼女は、しかし生き生きとした活力に満ちていた。


 これが、死神さんとの最初の出会い。

 彼女の言葉が、僕の投了じさつに待ったを掛けた。


 将棋は、対戦相手がいてこそ成り立つもの。

 人生も、誰かと共に歩むからこそ幸せになれるのだ。

 この瞬間、ずっと独りだった僕と死神さんの人生が交わり──

 ここから、二人での対局じんせいが幕を開ける。

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