第34話「黒猫のあずき」


父「昔の漫画なんだけど、刀で大勢が戦っていて、土手を登って逃げようとする奴が四つんばいになった時、ちょうど敵の侍の目の前にお尻が来て刀で刺されるってのがあったんだ」


娘「漫画の話? 時代劇のやつ」

父「そう、劇画だけど、昔の戦いでは本当にあってもおかしくないだろう。たぶん実際にあったと思うよ」

娘「そうね、あるかもね。でも、そこを刺されたら昔なら治せないでしょうね」


父「そうだろうな、現代でも、どうやって治しているんだろうな? けっこうお尻の手術をしたっていうのは聞くんだけどね……」

娘「そうね、あたしのお店に来る人もお尻の手術をした人は、痛くて泣くって言ってたわ」

父「それは、痛いだろうな。でも、お尻って不思議で出口の傷は激痛なんだけど、少し中に入ったものが出てきても痛くないんだって」


娘「お尻の奥は神経が入ってないから痛く無いらしいわね、本当、不思議」

父「切腹しても、すぐに首を斬る介錯かいしゃくがいるだろ、たぶん腹を斬ると痛いだろうけど、内臓自体は痛くないんじゃないかな?」

娘「内臓には神経があまり入って無いっていうからね」


父「切腹した人で、非常に不満がある人は、腹を斬ってから、自分の腸をかき出して、不満のある人に投げつけたって言うんだ」


娘「恐ろしい人ね、でも、昔は身分制度があって理不尽な事は多かったって聞くね」

父「時代劇では悪役がいないと面白くないけど、実際に身分を理由のひどい事は多かったようだよ。第二次世界大戦で負けるまでは日本の男は威張っていたらしいからね」

娘「それ、テレビで見た。第二次世界大戦の頃の女の人は男の人に口答えなんかできない時代で、男の人が育児を手伝うなんてことは考えられなかったらしいわ。あたしは現代に生まれて良かった……」


父「たぶん、今の日本はアメリカの考えが大きいと思うよ。世界的にも今はアメリカの影響が強いようで、戦争の前は身分制度がある国が多かったようだけど、だいぶ変わってきたらしい。貴族みたいに上の地位に生まれたら一生安泰なんだろうけど。逆にソビエト連邦は凄かったようだよ、第二次世界大戦では4000万人亡くなったらしい」


娘「ソビエト連邦は怖いわね、あたしはアメリカの考えが好きよ。レディーファーストで女性を大切にしてくれるから」


父「そうだな、女性にはいい時代になったのかもな……これは、俺の考えなんだけど、昔の人もお尻が痛かったと思うんだ」

娘「昔って戦前くらい?」

父「トイレットペーパーが普及する前くらいかな、新聞紙を使っていたころ」


娘「今でもお尻が痛い人は多いと思うよ」


父「病気になると性格が変わるって聞いたことないか? 温厚だった人が、妙にイライラしたり、人に当たるようになったり」

娘「あるよ。お客さんが、たまにそういう事をいってる。薬のせいじゃないの?」


父「俺の会社のリフトに乗っている人が『痔瘻じろう』の手術をしたんだ。まだ30歳代の半ばなんだけど」

娘「坂上さん?」

父「坂上さんじゃないけどね。それで、会社はリフトに乗る人を1人採用して増やしたんだ」

娘「うん、若い人?」

父「いゃ、50歳過ぎ、しかも耳がよく聞こえない人」


娘「耳がよく聞こえないとリフトは危ないんじゃないの?」

父「ちょっと危ないね。パートのおばちゃんが小さな声で『あぶない、あぶない』って言ってるんだ。俺に言ってるのか?と思って上を見たらリフトのパレットが迫ってきたんだ。危うく潰されるとこだった」


娘「それは危ないね。耳がよく聞こえない人が運転していたリフト?」

父「いや、それは新しい人じゃなく痔瘻の手術をした若いのが運転していた。俺とリフトの間に荷物があったので死角になっていたんだ。パートのおばちゃんがリフトの運転手に止まるように知らせてくれればよかったんだが……」

娘「おばちゃんは、どうしていいかわからないんじゃない? 自転車でぶつかりそうになったらすぐ自転車から降りるし……」


父「そうだな、俺に言うのが精いっぱいだったのかな? それで、手術をしたリフトの若い人が手術する前に、その耳の聞こえにくい人に仕事を教えていたんだよ」

娘「うん、いいんじゃない」

父「そうしたら、普段はいい人なのに、新しいリフトの人には怒鳴りまくって教えるんだ」


娘「耳が聞こえにくいから?」

父「それも、あったらしい。大声を出さないと聞こえないってね。でも、なんか異常な感じで怒鳴りまくって会社でも問題になったんだ。人事からもかなりきつく注意されたらしい」

娘「そんなにひどいの?」

父「異常だった。ヒステリーのような感じ」


娘「お母さんより怖い?」

父「お母さんは手がでてくるからな、昔から怒ると殴ってくる。しかも絶対に謝らない」

娘「あ〜っ、そうだね。お母さんは謝るのは下手だね。本当は優しいのにね……」

父「そうだ、変なとこは優しいけどな……猫の治療にも金をかけまくったな……」


娘「白猫のミーちゃんね……」


父「親父の飼っていた“あずき”なんか、お前より年取っているんだぞ」

娘「黒猫のあずきちゃんね、あの子は、よく喋るのよ。あたし会話してるもん」

父「あれは化け猫だからな」

娘「あ〜〜っ、ひど〜い! あずきちゃんに言ったら怒るよ」

父「あずきは優しいから大丈夫だ。そう、リフトの奴だ、あいつの異常さはお尻のせいじゃないかと思ったんだ」


娘「お尻で性格が悪くなるの?」

父「便秘になるとイライラするってあるだろ?」

娘「まっ、あるね……」

父「お尻が痛いと、人は性格が悪くなると思うんだ。お尻だけじゃないけどね、俺もギックリ腰をした時、腰が痛くてやっと歩いているのに、歩くのをさえぎる人がいたら、無性に腹がたった」

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