第7話「畳の上に」


父「自動車工場の寮での話しをしよう」

娘「うん、まともな話しね!」


父「寮は3階建ての鉄筋コンクリートで、2階と3階が従業員の部屋なんだけど、一部屋に2人で2段ベットで寝るんだ。1階は風呂場と食堂と管理人さんの部屋だった」

娘「鉄筋コンクリートなら静かでいいんじゃない?」


父「厚い壁の方はいいんだけど、隣り合わせの部屋は仕切りがベニヤ板なんだ」


娘「なにそれ!? コンクリートじゃないの?」

父「そう、ベニヤ板。音とか筒抜けだよ!」

娘「なんで?」

父「なぜかは、わからないけど、自動車会社の寮はベニヤ板の壁が多いという噂で、わざと、そうしてるのかもしれないね」


娘「ベニヤ板にすると何かいいことがあるの?」

父「隣の部屋の音が聞こえるじゃない」

娘「それは、あまり良くないのでは?」

父「ケンカになったら、すぐにわかるじゃないか」


娘「あ〜〜っ、なるほど。でもケンカなんか無いでしょう?」

父「いゃ、けっこうあるんだ。俺の部屋の隣でケンカじゃないけど大騒ぎしてたよ」

娘「何かあったの?」

父「仕事から帰ってきた人が、部屋に入ると『ギャーッ!』と叫び出して寮の管理人を連れて来たんだ。何かあったのかと、俺も見にいったら……」

娘「うん、見にいたら……」

 冬子が身を乗り出して聞いている。


父「部屋の畳の上に、あったんだよ」


娘「えっ、なにが?」

父「あれが……」

娘「あれって、まさか!? あれ!」

父「そう、あれだよ」

娘「どうして? 認知症のおじいさんとか?」

父「いや、30代の男の人」

娘「病気でトイレに行けなかったとか?」


父「いゃ、職場で何かあったみたいだね。その人は仕事を休んで寮で酒を飲んでいたんだ」


娘「それで畳の上にするの?」


父「動物もストレスが溜まると、変な所にしたり、ゴリラとかは人に投げつけるって言うじゃないか」

娘「それは聞いたことはあるけど……」

父「他にも、似たような事はあるようで風呂場に『浴槽の中で○○○をしないで下さい』って張り紙がしてあったこともあるよ」

娘「お風呂の中でするの?」

 冬子は眉をしかめている。


父「するみたいだね。夜勤の時は、風呂がすいていて、人がいないことがあるからね」


娘「人がいなくても、それは、してはいけないでしょう……」

父「そうだね、結局、畳にした人は退寮になったよ」

娘「それはよかったわね」

父「そう思うだろ!?」

娘「なにかあるの?」

父「部屋が1人分空いたじゃない、それで新しい人が入って来たんだ。これが、大変な人で……」

娘「なに、また畳にする人?」

父「いゃ、畳にはしないけどトイレに入ったら30分は出てこなかった」


娘「新聞とか読んでるの?」


父「何をしてるのかは分からないけど、トイレは共用で使うので、あんまり長く入っていられたら困るね。まあ、1階にもトイレはあるからなんとかなったけど」

娘「それが大変な事?」

父「いゃ、トイレじゃなくて、その人、ちょっと怖い人で、気に入らない事があると言葉がキツいんだ」

娘「イヤミを言うとか?」

父「いゃいゃいゃ、そんな可愛いもんじゃないよ。その人ともめて何人か辞めていったからね」

娘「若い人なの?」


父「若くはないよ、当時、50歳くらいかな? ヒゲを生やしていて髪は角刈り」


娘「体も大きいの?」

父「いゃ、170センチもなかったよ。服のサイズで言うとLLサイズくらいだね。血の気が多い人って感じだった。寮に何日も仕事にいかない若い奴がいたんだけど、そいつに食堂で、ものすごく説教していたのは見たよ」

娘「怖いね」


父「俺の部屋の相棒は机の上にドンと荷物を置くクセがあって、隣からその怖い人、坂本さんだ! そうだ、思い出した。その坂本さんが部屋に来て怒鳴られたと言ってたよ」


娘「荷物を置いただけで?」

父「部屋の境い目のベニヤ板の所に机があったので隣に音が響くんだ、その時、俺は風呂に行ってていなかったけどね」


娘「危ない人なの?」


父「コンビニのオーナーだったらしいけど、店がうまくいかなくて閉店して、借金だけが残ったので、自動車会社に働きに来たらしい」

娘「お父さん、その人と話したの?」

父「隣の部屋だったからね、差し入れ持ってその人の部屋で飲んだ事があるんだ」


娘「話しをしたら良い人だったとか?」


父「いやいやいや、その人の机の引き出しにナ○フが10本くらい入っていた」


娘「それ、まずいんじゃないの!?」

父「釣りをするので魚をさばくための物だって言っていた」

娘「10本はいらないね。他に何か話したの?」


父「昔、引きこもっていた同級生に、ヤル気をださせるために家に行って『お前なんか○んでしまえ!』って言ったんだって」

娘「うん、それで……」

父「そうしたら、その夜に本当に○んだらしい」

娘「……本当の話し?」

父「本人がそう言っていた」

娘「それは、犯罪じゃないの?」

父「どうなんだろうね……坂本さんもショックで、それから仏教の本を読みあさったって言ってたよ」


娘「でも、お父さんが合った時も怖い人だったんでしょう?」

父「そう、怖い人だった。多分、そういう性格なんじゃないかな?」


娘「たまに、そういう人はいるみたいね……」


父「いるね……」

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