第6話「水で拭く」

 

父「そう言えば、インドネシアの人と休憩時間にけっこう話をしていたんだ」

娘「何を話してたの?」


父「寮の食事が旨くないって言ってた」


娘「インドネシアの人って、何を食べるの?」

父「えっ、そこまでは知らないよ。米じゃないの? アジアだから」

娘「じゃあ、日本の米が旨くないって?」


父「……う〜ん、そうじゃないと思うよ。会社の食堂の食事は旨いって言ってたから」

娘「それじゃ〜 寮の食堂がひどいのかな?」

父「たぶんね……ご飯の上にポテトチップスをのせて食べるのが旨いって言ってたよ」


娘「おかずが無いの?」


父「詳しくは知らないけど、研修で日本に来ているから、給料はインドネシアの会社から現地の給料で出ているらしいんだ。会社の食堂で昼飯はタダで食べれるけど、寮の朝飯と

晩飯は金がかかるみたいだね」

娘「食事代がかかるんじゃ、あまり高いものは出せないね」

父「寮も厳しいのかもね、会社で補助金を出してやればいいのに、本当にご飯と味噌汁程度かもしれない」

娘「それは、たいへんね。せっかく日本に来たのに遊べないね」


父「ビデオを見たいって言っていたよ」


娘「ビデオくらい見せてあげればよかったんじゃない?」

父「その当時はビデオテープって、買うとけっこう高かったんだ。1本1万円なんてのもざらにあったな……だから、レンタルビデオ屋が大繁盛の時代だ」

娘「そんなに高かったの!?」

父「昔はね、たぶんインドネシアの人はアダルトビデオを見たかったんだと思うよ。30代の男の人だからね」

娘「アダルトって、あれ!?」

父「そう、あれ……」

娘「…………」


父「インドネシアの人は実家ではトイレットペーパーも無くて水を使っているって言っていたよ」

娘「水を使う? ウォシュレット?」

父「まさか、ただの水だよ」


娘「水って、どうするの?」


父「たぶん、トイレで用を足した後に水で拭くようだよ」

娘「水で拭いて、その後、トイレットペーパーは使わないの?」

父「たぶん、家にトイレットペーパーは無いような事を言っていた。会社だと使い放題だから面白がって使ってたみたいだけどね」


娘「水でどうやって拭くんだろう? トイレの中に水がこぼれるじゃない?」


父「俺の後の工程の人はタイの人だったけど、やっぱりトイレは水を使って拭くって言っていたよ」

娘「アジアは水を使うの?」


父「気温が高いから水で拭いてもすぐに乾いて気にならないと思う。トイレットペーパーは質が悪くてトイレに流さないでゴミ箱に捨てる国も多いみたいだ」

娘「トイレットペーパーを流せないの?」

父「詰まってしまうんだろうね。水の方が一般的かな? イメージ的には、真夏にタイル張りの風呂場みたいな所に和式のトイレがあって、浴槽のような水を溜める所があり、柄杓ひしゃくで水を汲んで手に水を入れて拭くって感じ」


娘「水はこぼしてもいいの?」

父「いいんじゃない? 暖かい国みたいだから」

娘「気温が違うのか……」

父「川の上に小屋を作って、直接、川にしているのもあるらしい。これは、水洗トイレだな!? はっはっはっはっ」

娘「…………」


父「日本だって、ちょっと前はトイレットペーパーなんか使わなかったんだぞ」

娘「お父さんの子供の頃?」


父「おれ? 俺の子供の時は……肥溜こえだめでした記憶があるぞ……」

娘「こえだめ? こえだめってなに?」


父「肥溜めは、肥料かな? 俺が子供の頃、親父が、何故か農業に興味を持って田んぼで米を作っていた時期があるんだ」

娘「おじいさんが?」

父「そう、仁蔵じんぞう、俺が小学校に行く前。田んぼで田植えをしているとこを見てたよ。全部、手で植えてたから大変だったろうね」


娘「お父さんも田植えしてたの?」


父「俺は小さかったからやらなかった。つながれている山羊やぎがいたんで、山羊と遊んでいた」

娘「やぎ……見たことないよ」


父「ワラの中で寝ていたら、ネズミに頭を噛じられて頭から血が出てたこともあったな……」


娘「いつの時代なの?」

父「昭和だよ、昭和40年代」


娘「あたしには別世界だわ、アニメの世界だね」

父「そんなに昔じゃないよ、つい、この間だ」

娘「あたしには昔話だよ」

父「そうか? そういえば、肥溜めの上に太い角材が2本かけてあって、そこに足を置いて用を足していた……落ちたら大変だったろうな……」


娘「それって、あれじゃないの?」


父「そう、あれだ! あの時は、子供だったから別になんとも思わないでしていたが、冬子にはできないだろうな……」


娘「できるわけないじゃない! 結婚前の乙女よ!」

 ちょっと怒っている冬子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る