第8話「ニ度付け禁止」

 

娘「お父さんと一緒の部屋だった人ってどんな人だったの?」


父「ん? 一緒だった人か……もう、ずいぶん前の話しだからな……たしか、30歳くらいで、名前が小笠原おがさわらさんだ。いつもニコニコしてたな……」

娘「いい人だったの?」

父「最初は、いい人だと思った」

娘「最初は? 何かあったの!?」


父「凄くテレビに執着する人で、テレビばっかり見てたな……」


娘「テレビは2台あったの?」

父「いゃいゃ、一部屋に1台だよ。共用で見るんだけど、あんまり執着するもんだから、ほとんど小笠原さんが見てたな……」

娘「一緒に仲良く見なかったの?」

父「そういうのは出来ない人みたいだった。小笠原さんが風呂に行ってる時に、俺がテレビを見ていたんだ。そうしたら、風呂から帰って来た小笠原さんは、まるで自分の物を取られたような凄い顔をしたのを覚えている。まるで鬼の顔だった……」


娘「それは、あんまりいい人じゃないね」

父「家にはビデオテープが500本くらいあって映画を録画してあると自慢していた」

娘「映画好きなの?」

父「さぁ? 映画の話しはしなかったな」

娘「どんなことを話してたの?」

父「トラックの配達の仕事を長くしていて、そのうち、自分で軽トラックを買って独立したけど、上手くいかなかったと言ってたな……」


娘「仕事に失敗した人が自動車工場で働くの? 隣の怖い人もコンビニ経営に失敗したって言ってたよね」

父「いろんな人がいたけど、自分で仕事をして上手くいかなかった人も多いみたいだね。もっとも、本人が言ってるだけで、本当かどうかはわからないよ」


娘「そうなの?」

父「そうだよ。小笠原さんもいろいろ言ってたけど、どこまで本当かはわからない。ニ回結婚してニ回離婚したらしいけどね」


娘「ニ回か……」

父「ニ回離婚したのも分かるんだ。とにかく人の話しを聞かない人だった」

娘「なに、ずっと無視してるの?」

父「そうではないんだ。話しをしていると最後まで相手の話しを聞かないで、話している途中で何かを思いついたら、相手の話しをさえぎって自分が話し始めるんだ」


娘「そういう人、女の人でもいるよ!」


父「悪気はないんだろうけどね……そういえば、オロ○インも塗っていたな……」


娘「オロ○イン、傷薬? 別にいいじゃない塗っても」

父「それがね、部屋の中で、あそこに塗るんだよ。ビンに指を入れて」

娘「あそこって?」

父「お尻」


娘「お尻? まぁ、お尻に塗るのはまだいいんじゃない? ニキビとか吹き出物?」

父「お尻の出口に塗るんだ。傷薬だからいいのかもしれないが……しかし、人前でやらないでほしいよ」

娘「えっ、やだ、あっちなの……」

父「そうなんだ、毎日塗ってたよ。ニ度付けしないかと気になったね」


娘「ニ度付け?」


父「串カツをソースに付ける時、ニ度付け禁止ってあるじゃない!」


娘「聞いたことあるけど、あたし、串カツ屋さんって行ったことないから、お父さん行ってたの?」

父「串カツ屋さん? そうだな、立ち呑み屋さんにあったな、あっ、そうだ、そこにソースのニ度付け禁止ってあったよ」


娘「串カツ屋さん。いいな〜あたしも行きたい」


父「串カツ屋さんなら、こっちにもあるんじゃないか? こんど見つけたら連れてってやるよ」

娘「本当ね、約束よ!」

父「見つけたらね。そういえば、むこうには立ち呑み屋さんがけっこうあったな、こっちにはほとんどないけどね」

娘「立ち呑み屋さんね……そうね、あたしも見たことないな。立ち食いそば屋さんならあるけどね」


父「そういえば、立ち呑み屋さんで、初めて無銭飲食の人を見たよ」


娘「無銭飲食? 食い逃げ?」

父「食い逃げじゃないよ。酔っぱらって逃げられないから、店主が代金を請求したら、『無い!』って言い出して、周りを見るんだ、まるで『誰か助けてくれ!』て言う目で」

娘「誰か助けたの?」

父「いや、誰も助けなかった。店主もしばらく見てるんだ『誰か代わりに金を払ったら許してやるぞ』って目で」


娘「それで、誰も助けてやらなかった?」


父「若くて可愛い女の子なら助けてくれるだろうけど、汚いおじさんだから……しばらくごねてたけど、結局、警察官が来て連れていかれたよ」

娘「映画や落語の世界だね。ところで、オロ○インのニ度付けってなんだったの?」

父「あ〜っ、あれは、最初にビンに指を入れるのはいいとして、お尻に薬を塗った指をまたビンに入れるんじゃないかと思ってさ……」

娘「やだ、まさか……オロ○インは共用じゃないんでしょう?」

父「まさか! 私物、私物! 共用だったら、絶対に使わない」

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