決戦前夜

スマ甘

決戦前夜

 世界平和と人類繁栄。

 

 西暦2000年。 ある研究者が南極の山脈にある研究所で叶えようとしてあえなく頓挫した願いを、ひとりの探究者が引き継いだ。

 彼は全財産と生涯をかけ、高度な演算能力、自己開発能力、知覚機能を備えたAI『ティアマト』を開発する。

 

 だが、これまでの人類の歴史を知り、これからの未来を予測したティアマトは、「人類は地球にとって有害なもの」と判断した。

 そして、由来となった竜の逸話に倣うように、ティアマトは独自にロボット兵器を生み出し、人類殲滅に乗り出したのである。

 

 ◇

 

 ティアマトとの戦争が始まって30年。

 反乱軍は拠り所と力の無い人々を率い、荒れ果てた都市に潜んだ。

 廃墟が多く、隠れ場所の多い旧市街を戦場に選び、物量で勝るティアマトを相手にゲリラ戦を展開したのである。

 

「こんなところに居たんだ」

 

 ティアマトと反乱軍の衝突で両親を喪い、同じく親を喪った子供たちのリーダーとして活動していたボクは、ティアマトの脅威からみんなを守るため、武器を手にした。

 そうしてティアマトと戦っているうちに、いつの間にか反乱軍のナンバー2にされてしまったんだ。

 

「なんだか落ち着かなくてな」

 

 旧市街……かつては賑やかな街だった場所を見下ろせる小高い丘に、その人とボクは居た。

 

「タカシ。 あと20時間しないうちに、最終決戦がはじまるんだよ? 寝なくていいの?」

 

 その人の名前はタカシ。

 元自衛官で、現役時代の経験をフルに活かしてティアマトと戦っていたら、なし崩し的に反乱軍のリーダーとなってしまった、いい歳のおじさんだ。

 

「そういうナユタこそ寝なくていいのか? オコサマはもうおやすみの時間だぞ」

 

 暗い夜空の下。 数箇所に小さなたき火の灯りだけがある街を眺め、タバコをくゆらせながらタカシは言った。

 

「この5年で、ショートスリーパーになったみたい」

 

 ボクが武器を手にしたのは7歳の頃。

 そして反乱軍に参加して、5年もティアマトと戦い続けてきた。

 

「オレもだ」

 

 タカシは、煙をふうっと吐き出したあと、微かな声でつぶやく。

 

「でも、いつもと同じ調子で戦えるから心配しないで」

 

 5年間で、ボクは沢山の人が死ぬのを見てきた。

 眠ろうとすれば、助けられなかった人たちの顔が浮かび上がる時さえあった。


 けど、ある日。

 ティアマトが目の前に現れたのに怯えることもなくなって、目の前で人が殺されたのに、怒りで我を忘れることもなくなってしまった。

 たぶん、ボクはもう、まともな人間ではなくなったのかもしれない。

 子供らしさと引き換えに、戦士としての才能に目覚めたんだと思う。

 

「ナユタは怖くないのか?」

「怖いよ。 でも、ボク達が怖がってたりしたら、ほかのみんなも怖気付いちゃうでしょ」

「――おまえ、本当に子供らしくないな」

 

 ボクが答えると、タカシはタバコの火を地面に押し付けて消しながら笑う。

 

「……」

 

 ――寂しさと悲しさが混ざりあった、暗い笑顔。

 タカシはもう、そんな笑顔か、悲しみの表情しか見せてくれない。

 

「作戦の準備は?」

「順調。 武器のメンテナンスも万全だし、部隊の編成も終わった」

「そうか。 面倒な仕事ばかり押し付けちまって悪いな」

「謝らないでいいよ。 もうこれが最後かもしれないんだし」

「……最後、ね」

 

 タカシは、傍らに置いてあった大型のライフルを手にする。

 

「作戦が成功すれば、これを振り回すこともなくなるんだろうな」

 

 タカシが手にしたライフルは、ティアマトとの戦いで反乱軍を支えてきた武器のひとつだ。

 

「いらなくなったら売っちゃえば」

 

 反乱軍は、通常兵器でなんとか撃破したティアマトの残骸から動力炉や材料を獲得し、それらを用いて武器を開発した。

 

「その時は高く売れるといいな」

 

 武器は、ティアマトの装甲を破れるほど鋭いブレードを展開するアタックモードに、これまた装甲を抜ける威力のある砲撃が可能なシューティングモードへの変形機能を搭載している。

 しかも、エネルギーが不足すれば、ブレードでティアマトを攻撃した時にエネルギーを吸収してくれる素敵な機能付き。


「いくらで売るの?」

「一戸建てが買えるくらいの値段で」


 時代が違えば、人間同士の戦争の主力になっていたかもしれない武器を、ボクたちは戦いにおける最大の切り札とし、ためらいなく使い捨ててさえいた。

 

「そのヨモツヒラサカ、パーツは新品に交換しなくていいの?」

 

 タカシが持っている武器は『ヨモツヒラサカ』という専用機で、峰を肩に当てて、ブレードモード時のグリップをシューティングモード時の砲身とする、変わった機構を採用した機体だった。

 

「主要部品は交換してある。 それに、コイツに刻まれた傷は、オレたちの戦いの記録として残しておきたい」

 

 月明かりに照らされたヨモツヒラサカを、タカシはじっと見つめた。

 

「ボクも、これに名前でも刻んでおこうかな」

 

 ボクは、腰のホルスターに収めていた二振りの剣を引き抜く。

 

「誰の名前を刻むんだ?」

「ひみつ」

 

 ボクの武器は『チャタル・ヒュユク』という専用機で、二刀流の剣であり、ブレードをスライドさせれば二丁拳銃にも、連結すればナギナタにもなる特別な機体だった。

 

「……話題、変えようか」

 

 最終決戦の時が迫っているせいかな? なんか、落ち着かない。

 

「ああ、そうだな。 戦いのことばかりじゃ気が滅入る」

 

 そう言いながらタカシは地面を叩き、隣に座れと無言で示してきた。

 

「ナユタ。 反乱軍に参加してから、気になる人とか、好きな人はできたか?」

 

 タカシがいきなりそんなことを訊いてきたから、思わず吹き出してしまった。

 

「笑うな」

「ごめんごめん。 つい……」

 

 いつも仏頂面で、強面で、何考えてるのかわからないくらい淡々としている人が、まさか恋愛絡みの話題を振ってくるとは思っていなかったからだ。

 

「そういうタカシはどうなのさ?」

「質問に質問で返すのか」

「人生の先輩である大人から、甘酸っぱーい恋バナを聞くのがマナーじゃないかと思いまして」

 

 ボクがクスクスと笑いながら言っていると、タカシはバリバリと頭を掻いて、なんだかバツが悪そうな顔をする。

 

「オレには体が弱い妹が居る」

「妹さんのことは、出会ってすぐの頃に話してたじゃん」

「そのときは、妹だけが大切なものだったからだ」

 

 タカシには、体の弱い妹と、ティアマトとの戦いで家を失った姉夫婦が居た。

 けど、姉夫婦は屋外で作業中のところをティアマトに襲われて亡くなり、妹さんはティアマトがばら撒いた化学兵器の影響を受け、いまも意識が戻らない。

 

「でも、反乱軍の兵士として戦っている間に、妹と同じくらい大切で、一生そばにいて欲しいと思える人に出会えたんだ」

「その人って、どんな人なの?」

 

 タカシに訊いたとき、なんでか胸がモヤッとした。

 

「驚かないか?」

「どんな人かによる」

 

 タカシは、いちど深呼吸をして気持ちを落ちつかせる。

 

「オレが好きになった人は……」

 

 そして話し出した。


「お子様のクセにませてて、オレなんかより実力があって、みんなを守るって確固たる意志を持ってる、ちょっと生意気なヤツ」

 

 タカシが好きな人のことを聞いて……ボクは思わず固まってしまった。

 だって、タカシが言った好きな人の特徴を持ち合わせているのは、反乱軍の中でたったひとり。

 つまり、タカシが好きな人ってのは……

 

「――次はお前の番だぞ」

 

 好きになった理由は言わないまま、タカシはそっぽを向いてしまう。

 

「はいはい」

 

 追求することを諦めたボクは、自分が好きになった人のことを話すことにした。

 

「ボクが好きな人はね」

 

 タカシは正直に言った。 だから、ボクも正直に言おう。

 

「いつも仏頂面で、さらに強面。 いい歳のおじさんなのに兵士としての実力は高くて、仲間思いであり妹思い。 ダウナー系に思えて実は熱血漢な……そういう男」

 

 タカシは、ボクを見て目を丸くする。

 ――ああ、よかった。

 

「なんだ。 お互い好きになったやつは、すぐそばにいる人だったのか」


 タカシに想いが伝わって良かった。


「ちょっとびっくりしちゃった」

 

 ボクのそばにそっと体を寄せたあと、タカシはおもむろにボクの肩を抱いてきた。

 ボクはタカシのほうにもたれかかって、いくつもの傷痕が目立つ彼の横顔を何気なく見つめる。

 

「――お互い、両想いだったんだな」


 そう言って、タカシは寂しさを含んだ笑顔じゃなくて、優しくて暖かい笑顔を向けてくれた。


「みたいだね」

 

 互いに目が合って、それからゆっくり顔を近づけていった。


 タカシは、ボクの後ろ首へ手を回しながら「いいのか?」と、ささめく。


「……未練とか残したくないもん」

「そうか……」


 短い言葉のあと、不器用に、無作法に、ボクとタカシはキスを交わした。

 そのあと、ボクたちは暗い街に視線を戻す。


「戦いが終わったら、ふたりでどこかに行こう」

「そうだね。 静かな所に行って、ふたりでのんびりしよう」


 そんな会話のあと、ふたりで最後の仮眠をとることにした。


 そして出撃前。

 唇を重ねた瞬間に嗅いだタバコの匂いと、触れ合った時に感じた体温を、ボクは一生忘れないと心に誓っていた。

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決戦前夜 スマ甘 @sumaama

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