美少女は好きですか?

五月雨きょうすけ

美少女は好きですか?

 美少女が好きだ。


 テレビの中や映画館のスクリーンの上や雑誌の表紙にいるような。

 ステージで歌や踊りを披露して観客を熱狂させるような。

 見ているだけで幸せになれて、話しかけられたりしたら天にも昇る心地になってしまう存在。

 そんな美少女と愛し愛されていたい。


 男子はみんな願っている。


 しかし、ほとんどの男子がそのための努力を行わない。

「手近なところで」「気が合ったから」「一緒にいて楽しいから」とかなんとか言って妥協に妥協を重ね、彼女を作る。


 あまつさえ自分の努力不足を正当化するように


『彼女って見た目で選ぶもんじゃないんだよ。

 実際恋愛してみたらわかると思うけどさ』


 などとさかしらぶる。


 欺瞞以外の何でもない。



 僕が思うに、みんな口で言うほど美少女に対する欲望は強くないのだ。


『俺面食いだからさあ』


 とか言って、彼女の画像を見せてくる奴の彼女はせいぜいクラスで一二を争う程度の顔面偏差値60前後の美少女。


 志が低い。

 物心ついた頃にはアイドルやモデルや女優という絶世の美少女たちの存在を認識しているのにそこに手を伸ばそうともせず満足に至る。


 もしかすると、みんなそこまで美少女が好きじゃないのかもしれない。


 僕は違う。




 ◆



「————と思ってたことが僕の役者人生の始まりだ。

 本当に欲しいもののためなら人は人生を賭けて努力できるものだろ。

 たとえば東大を目指す受験生なら一日十時間は勉強するでしょう?

 だいたい高二の春から二年間くらい。

 やりたいことも我慢してひたすら勉強勉強勉強勉強。

 凄いよね、真似できない。

 野球選手だってそうだ。

 子どもの頃からゲームやオモチャに目もくれず、偉そうな監督に怒鳴られ、横暴な先輩に媚びへつらい、つぶしのきかない野球バカになるまですべてを捧げる。

 それだけやったってプロになれない可能性の方が高い。

 人間って欲しいもののためならそれくらい努力できるんだ。

 なのに美少女と付き合う方法が! こんなにも明らかにされてて道順立てて分かっているのに! その為の努力をしている人間は極めて少ない……

 つまり僕はマイノリティだ。

 だがそれを恥じることも嘆くこともしない。

 美少女と付き合うために、青春全て賭けて後戻りする事を考えない人生を歩んできた自分を誇らしく思う」


 中継用のビデオカメラに向けて先週メンテした白い歯を見せて笑う。

 理知的っぽい日本人美女が席を立ち、僕に言葉を投げかける。


「あなたのトークはとても流暢で人を惹きつけると日頃から思っています」

「ありがとう」

「……ですが、この場においては不適切ではありませんか?」

「この場?」


 僕は首を傾げる。

 すると彼女は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「今! 米国黄金映画賞の主演男優賞受賞のインタビュー!!

 世界最高の役者として表彰されている瞬間ですよっ!!」


 1000人以上収容できる豪奢なホールは赤を基調とした装飾で飾り立てられ、その中には世界的な映画監督やらスターやらが集まっている。

 そして、この光景は全世界に放映されている。


「日本人が初めて同賞にノミネートされた時!

 号外が出たんですよ!

 TV各局が特別番組組んであなたの功績を讃えたのに!」

「ありがとう」

「どういたしまして……感謝は言葉じゃなくて振る舞いで表して!!」


 彼女はまるで世界の怒りが僕にぶつけられているような口ぶりだが、他の人々はさほど怒っていない。

 呆れてはいそうだけど。


「僕としてはこの場にふさわしいスピーチをしたつもりさ。

 役者としてのルーツの話だからね。

 去年の男優賞のネルソンさんも自分のルーツを喋ってたし」

「人種差別と迫害だらけの幼少期を過ごしてきたガチのマイノリティと同列に扱わないでっ!

 こんなんだから日本人は平和ボケしてるって言われるの!

 ショービジネス界において世界で戦う日本人代表なんですよ! あなたは!!」

「ありがとう」

「チョイチョイ感謝で返すのやめい!!」


 ぜーはーぜーはー、と息を荒げている。

 インタビュアーなのだからもう少し喋るのにもなれた方がいい、って僕は思う。


「さておき。インタビュアーさん。

 実際不思議じゃない?

 あれだけアイドルや美人女優のファンがたくさんいるのに芸能人を目指す人は少ないのって」

「芸能人になったからって同業者と付き合う人ばかりじゃないでしょう。

 ほら、IT社長やスポーツ選手と結婚する人多いじゃないですか」

「それは女性の場合。

 男性俳優は大抵女優アイドルと結婚してる。

 お笑い芸人やスタッフと結婚した俳優いる?

 たまに一般女性もいるけれど、大抵モデル風美女。

 まあ、とにかくそういうわけだから、僕は美少女と付き合いたくて芸能界入りしたってわけ。

 芸能人にならなきゃ絶世の美少女と接点作れないからね」


 インタビュアーは呆れたように頭を掻いていたが何かを思い出したのか再び身を乗り出す。


「ん? あなた子役上がりじゃなかった?」

「ええ。四歳の時に子役向けの芸能事務所のオーディションを受けて」

「そ、早熟……!?」

「で、今日のような事を面接で言ったら同席した映画プロデューサーに『不気味な迫力があるから使い所は多い』と言われて通されたんだ」

「中身がアホ中学生みたいな三歳児って不気味ではありますね」

「そこからはトントン拍子。

 初出演作は当時売り出し中のアイドルちゃんの弟役。

 その映画は興収100億の大ヒット!

 僕の事務所にはそのアイドルちゃんのオタからカミソリが大量に送られてきたんだ」

「子ども相手に何やってんの我が国」

「その事をアイドルちゃんに相談したら、めっちゃ可愛がられるようになってプライベートでも交流が始まったの。

 計画通りっ」

「下心丸出しの四歳児って嫌だなあ」


 それから僕は彼女と世界に向けて来歴を語る。


 初声優の仕事は新進気鋭のアニメ監督の作品で200億円の大ヒット。

 十歳の時の初主演ドラマは視聴率30%でドラマのタイトルは流行語大賞を取った。

 十二歳の時にCDデビュー。

 400万枚の大ヒット。

 十五歳で大河ドラマ最年少主演で視聴率50%を記録。

 その年の大晦日の歌合戦の司会をして視聴率は60%。

 少年期から順風満帆の芸能人生だった。


 インタビュアーは少し襟を正して僕に話しかける。


「……あらためて聞くと冗談みたいな経歴ですね。

 派手に大きな仕事引きまくってるのにゴリ押し呼ばわりされる事少ないし」

「実力派だからね」

「自分で言いますか……

 でも、そこまで売れたなら当初の目的の美少女と付き合うは早々に達成できたんでしょうね」


 嫌味っぽく聞いてくる彼女に僕はふんわりと笑いかけ、


「いえ。それがまったく」


 と答えた。

 彼女は冗談と捉えたらしく半笑いで質問を続ける。


「……またまたあ。

 いっぱい美少女と知り合うキッカケあったでしょ?

 その時点で何本出演作あるんですか」

「デビューまもなく売れまくってたせいで、知り合う美少女が僕のことを天上人扱いして寄ってこないんだよ。

 たまに口説いてくるのは少年趣味のおじさんくらいで」

「あー…………」

「僕がプライベートで付き合いあったのはそれこそさっきのアイドルちゃんくらい。

 成人してからは女優ちゃんのイメージが強いけどね」


 インタビュアーは申し訳なさそうな顔をして話題を変える。


「しかし、日本でそれだけの大成功を治めながら海外挑戦は勇気ある決断だと思いましたね。

 英語の習得も大変だったでしょう」

「モチベーションがあったから。

 偉い先輩が言ってたんだ。

『英語が喋れれば10億人と仲良くなれる。

 同性と付き合えれば恋愛対象が倍になる』

 ってね」

「後半は省略可能だったのでは?」

「彼なりの口説き文句らしいね」

「……ほんと大変でしたね」

「ちなみに僕の初体験は十九歳です」

「相手はその男じゃないですよね?」


 僕は意味深な笑みを浮かべるだけで何も答えない。

 スターにはミステリアスさが必要だからね。


「と、海外進出後は破竹の勢いで世界を席巻。

 二十二歳にして世界最高賞を獲得。

 おめでとうございます」

「ありがとう」

「ようやく感謝が噛み合った気がします。

 次の目標はあるんですか?」


 インタビュアーの質問に僕はゆっくりと間を取り、口を開いた。


「役者は引退します」


 会場が震撼した。

 オーマイガーとかジーザスとか神様が降りてきているのかと思うくらいの大騒ぎ。

 さっきのインタビュアーが司会からマイクを奪って怒鳴った。


「ハアアアアアアアアアアアアアアっ!?

 一山いくらのアイドルグループの一員が引退するのと訳が違うぞ!?

 なんでえええ!?」

「年齢的に美少女と付き合おうとするとそろそろ犯罪になりそうなんで」

「頭おかしい割に条例は守るんですね————

 いやいやいやいやいやいや!!

 首尾一貫しないでくださいよ!!

 役者やってる中で別のやりがい見つけたでしょう!?」

「まー、嫌いじゃないけど……

 目的なくしてまでやる仕事じゃないっていうか。

 誰だってお金もらえないのに仕事しないでしょ?」

「その理屈で行くともう人生まで卒業しそうなんですけどー……

 あの、死なないでくださいよね」

「あー、それは大丈夫。

 流石に嫁や子ども置いて無責任なことできないですよ」

「あははは、十分無責任なことしてやがりますけどね————————ファッ!!?」


 大きな瞳がこぼれそうなほど彼女は目を見開いた。

 雪崩れを起こすように会場の人々が一斉に驚きの声を上げ、スクリーンに映し出されている中継カメラの映像がぐらぐらと揺れた。


「よよよよ、ヨメっ!? コモドっ!?」

「子ども。あ、まだ産まれてないんだけどね」

「それでも驚きですよっ!!

 てか、今までの流れでそれ発表します!?

 相手は!?」

「だから、さっきから僕の話に出てる女優ちゃん。

 まー、もうアラサーなんだけど」

「美少女どころかオバさん一歩手前じゃないですか!?」

「失礼だなあ。

 金と手間かけて美貌磨いてるアラサーは現代で一番美しい人種だよ」

「たしかにアラサー芸能人はド綺麗だけどっ!!

 あんだけ美少女への愛を語ってたあなたがっ!?」


 そう言われると少しバツが悪い。

 だけどしょうがないじゃないか。


「僕、そこまで美少女好きじゃないんだわ」





 それからしばらくして僕と女優ちゃんの間に女の子が産まれた。

 引退宣言したものの、周りの人から「奥さんや子どもに怒りの矛先が向く」と脅されたので業界に復帰した。

 もっともメインの役どころは張らず、脇役やチョイ役で作品に花を添えて余暇の時間を作るよう心がけた。


「やっぱり美少女大好きだわ」

「???」


 まだ一歳の娘はキョトンとした様子で僕を見つめている。

 絹のような髪にもちもちの柔肌。

 青みがかった白目と濁りなき漆黒の瞳のコントラスト。

 生まれたての人間はどんな美人女優よりも完璧な美に近い。

 1日中だって見ていられる。

 妻はそんな僕と娘を暖かく見守ってくれている。


 しみじみと思う。

 最高の美少女と出会うために芸能界に飛び込んだ僕の判断は正しかった、ってね。


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