㊲キューピー、手紙を読むのこと。
津山院長からの手紙は短いものだった。
糺一がその場で読み始めると、駐車場のほうでエンジンのかかる音がした。
「おや」
須藤がいった。
「あの女、行っちまうみたいだぞ」
糺一たちは玄関から外へ飛び出した。
白衣の女性は駐車場にとめてあったBMWの運転席におさまっていた。
BMWはいちどバックしてから勢いよく駐車場から発進した。
「ちょっと待ってくださいな」
糺一は声をあげながら走り寄ろうとした。
しかし女はギヤを変えるとアクセルを踏みこみ猛スピードで敷地内から去っていった。
「あーもう……」
糺一はその場に力なく足を止めた。
「逃げられちゃったね」
玄関のところから瀬乃がいった。
糺一はふりむいた。
「追わないと」
「まだ間に合うかも」
「無理だな」
須藤がいった。
「なぜです? 彼女は我々のことを知っていた。問いたださないと――」
「これじゃ無理だよ」
須藤は駐車場にとめてあるハイエースを示していった。
「あんな曲がりくねった山道で、BMWに追いつくにはきつすぎる」
糺一はなにかいいかけたが、わずかな逡巡ののち、けっきょく口を閉じた。
「確かに、そうですね」
「まー手がかりならあるじゃん」
瀬乃が慰めるようにいった。
「手紙がさ」
糺一はのろのろと玄関まで戻ると、改めて例の手紙に目をとおした。
〈前略。キューピーくん、お見事だ。この手紙を読んでいるということは、君の追跡はもう道のりの半分をこなしたといえる。今後に君が謎の解明のためすべきことは以下の二つのみである。⑴可能な限り迅速にR**港へ向かう。⑵R**港に到着したら『折本チャーター・サービス』という運航会社の営業所で私の名前をいって、彼らが案内する場所までの船旅を楽しむ。これだけだ。なお、船のチャーター代金はすでに支払済みだから心配いらない。とはいっても、君が以上の決行に踏み切るにはそれなりの抵抗はあろう。それに関しては、私を信じてもらいたいとしかいいようがない。無論やるやらないは全くの自由だ。ただ、この誘いの向こうで君が得るであろうものは、そこに至るまでの君の労を上回るものであることを保証する。では、動画配信者キューピーの訪問を心待ちにする。草々〉
「なんだこりゃ」
その場を支配している沈黙を破って瀬乃がいった。
「ますますわかんなくなったじゃん」
糺一はうなった。
「つまり、拉致から始まり、手がかりの下着からの下着屋、そこからラーメン屋、そしてこのクリニックを訪れるところまで、全部この津山という人物のシナリオどおりだったということなのか?」
「そんなこといったって、もし糺一さんがその気にならなかったとしたら、その時点でハイそれまでよ、でご破算じゃん? あまりに計画としてリスキーで運まかせすぎるよねえ」
そうして三人は、しばしのあいま思い思いに押し黙っていた。
「おや」
ふいに瀬乃は外の暗い夜空を見上げていった。
「雨ふってきた」
◇
『配信キューピー地獄めぐり』第一章、了。
配信キューピー地獄めぐり 其日庵 @sonohian
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