第102話 エピローグ
その後、
していたらしい、というのは私はその任務につかなかったから、正確なところはわからないということだ。そして、それによって何かしら得られるものがあったのかということも知らない。
永廻恭子に関していえば、
時折、伊織くんに永廻恭子の様子を聞いてみるのだが、彼女は元の生活を続けられているようだった。とりあえずは安心しても良いだろう。
公主のところにいた眷属二人と、彼らと行動を共にしていると思われる複数の迷子は、依然として見つかっていない。
サークル参加者の名簿などのデータもなく、また廃校に残っていた者たちは他のメンバーの素性についてまったく知らないと証言しているため、そもそも誰がいなくなったのか、把握することから始めなければならなかったのだ。
あだ名で参加し、連絡先の交換も禁止されていたようなので、仕方ない。
立て篭りはサークルのイベントだと認識していたということもあり、彼らは重い罪には問われないことになりそうだ。
森咲トオルとの協定は、今のところ保留になっている。
彼は若く、戸籍もまだある。昼間歩き回れないとはいえ、人間として生きていけるのだ。だから、わざわざ我々と協定を結んで不自由になるメリットはない。
私としては敵対関係ではないだけで充分だ。上は違うだろうが。
資料室にいたときのことだ。
事件からしばらく経って、私の周囲では表面上、事件の余波がさざなみのように揺れているだけになっていた。
ふと、ここでの、資料室でのことを思い出した。
そして一つことを思いついた。
ただの想像だ。
自分でもそう感じた。
けれど思いついてから、そのことについてぐるぐると考え込んでしまった。
だから、私の妄想ではなかったらと仮定してみた。
アザミさんに話すのが早い。けれど話したからといって、何にもならない事柄だった。それどころか話したほうが悪い結果になることも予想された。
ただ、私の知りたい欲求が満たされるだけ。そんなちっぽけなメリットしかないのに、行動を起こす必要はない。
渡らない石橋を叩いても仕方がないはずなのに、話したことで起こる最悪のケースなどを想像した。
そして、これは珍しいことなのだが、公主に相談したりもした。
公主はただ、話してみたら良いじゃないか、と答えた。
「それでですね、その、呼び止めたわけです」
「なんだ、きみの葛藤の部分から聞かされていたの?」
「本題は今からです」
「うん。どうぞ、初めのときになんでも聞いてって言ったしね」
「ありがとうございます……前に資料室で見つけたあのファイルについてです」
「事件の資料のようなものだと言っていたね?」
「はい。
「そうだね」
あの青年のことを神様だと上司の前で表現するのは気が引けた。こういう部署なのだからアザミさんは気にしないかもしれないけれど。
「何の目的があったのかなぁと」
「うん」
「それを考えているうちに、私の妄想が走り出しまして……」
「これから妄想の話を聞かされるの? 面白そうだけれど」
「すみません……あれは、情報共有だったのではないかと」
「うん?」
ここで私はアザミさんの顔色を伺う。続けても大丈夫そうだ。
「情報共有、もしくは警告」
「極端な二つじゃないかな?」
「はい。でも、あのファイルをここに持ち込みたかった人、復讐を行った犯人としましょう……犯人には、ここにいる協力者が復讐を手伝ってくれるとわかっていたなら情報共有ですが、わかっていなかった、あるいは阻止されそうだと認識していた場合は警告かと」
「話が飛躍したね」
考えがうまくまとまらない。一から話さなければ。
「すみません。あの資料の中身を少しだけ読んだんですが、新聞記事のほかに、現場に駆けつけた警察官の日誌や事件の捜査資料も入っていました。私は最初、この事件について調査しているジャーナリストが集めたものだと思っていたのですが……日誌は手に入るのでしょうか?」
「方法によってはね」
「誰かに頼んでコピーをとってもらうとか。ファイルを作った人物が、その日誌を書いた当人だったということもあり得ますよね」
「それなら、他の資料も手に入りやすいしね」
事件が有耶無耶に終わったことに疑問を持った警察官が、事件を調べるために情報を集めていた、という妄想が私の中で生まれてしまったのだ。
そしてその妄想は、あのファイルには容疑者についての情報も含まれていたのではないか、というところまで膨らんでいく。
「警察側にいる協力者は、容疑者を一人に絞り込むことができなかった。それに、たとえ絞り込めたとしても、自分ではどうすることもできない。そこで集めた情報を託すことにした。それを必要としている人物へ」
榎木丸梓の弟、
「あのタイミングでファイルがこちらへ届けられたのは、何かしらの合図のような気がしたんです。私はあのとき、意味を測りかねましたが、協力者には通じるものだった」
話してみると荒唐無稽すぎる。でもこんな中途半端なところで話を止めるわけにはいかない。わざわざ上司を呼び止めているのだから。
早いところ最後まで話してしまわないと。
「復讐決行の合図。立て篭り事件の目的は復讐のためであると」
「それで情報共有か警告なのね」
「はい。警察官である協力者に、これから起こることはあの事件の復讐だから邪魔はするなと伝えたかった」
「または協力せよと」
「はい」
合図のあとに、警察官が大量に投入されるような騒ぎが起これば、それは復讐のための場だと協力者は気づく。
「もしこれが伝えたいという感情によるものだとしたら、犯人には同志のような感覚があったのでしょうね」
そう、警告なんてはずはない。
犯人は十中八九、協力者だと認識していたはずだ。そうでなければ、伝えない。計画を邪魔されるかもしれないのだ。
あのファイルを破棄せずに犯人へと託したのなら、犯人にとっては同志だろう。
「でも、仲間というほど近い存在ではないんでしょうね。誰なのかも知らないのでしょう。直接連絡せずに、こんな遠回しなことをするんですから」
「うん。知らないほうがお互いリスクが低い。そしてその警察官の協力もあってか、計画は見事達成された……この妄想が真実だっとしたら、きみはどうするの?」
「うーん。わかりません」
私はとぼけた。
協力といっても、できることといえば、容疑者を廃校に集めることくらいだろう。騒ぎを少し大袈裟に報告すれば可能だろうか。下っ端捜査員には難しいけれど、立場が上めの人物ならうまくいくかもしれない。
問題かと問われれば大問題であるが、直接的に何もしていないのなら、協力したと証明できない。
あのファイルにしたって、警察官しか事件の資料を手に入れられないわけではない。誰にも知られずに資料室に忍び込めるような存在がいるのだから。
「もし私がその協力者だったら、きみ、消されるかもよ」
「三月うさぎにも話してあるので、私が死んだらバレてしまいますよ」
アザミさんは、うんうんと頷くような仕草をした。
それにしてもリスキーな合図ではないだろうか。
ファイルを使って合図するというのは、身内に協力者がいることを警察側に知られる恐れがある。現に私が協力者よりも先にファイルを発見して、その可能性を考えてしまった。
まぁ、復讐を決行する日よりも前に、勘付かれなければ影響はないのか。
それに計画が成功したあと、これが復讐であると知らしめたいはず。あのファイルがあれば、亡くなった警察官が容疑者だったとわかるだろう。そういった狙いもあったのかもしれない。
私は話せたことに満足した。
「きみは、あれだね。小説家のほうが向いているかもしれないよ」
アザミさんは面白がるような表情だ。
そう、これは私の妄想の話なのだ。
「以前、三月うさぎにも同じことを言われました」
これは近々、貴婦人に小説を献上しなければならなくなるかもしれない。
「それにしても、あの男性は犯人の仲間なんでしょうか? なんというか、みんなで協力しながら計画を進めていくことが可能なキャラクターには見えませんでしたけど」
妄想は置いておくとしても、神様が資料室にファイルを持ってきたことには変わらない。
「違うだろうね。彼はあの事件と何の関係もないだろうし。うん、きっと頼まれたんだよ」
警視庁の、しかも公安部のフロアにパッと潜入してしまえるのは、神様くらいのだろうから、彼に頼むしかないのか。私なら他の方法を考えるし、考え付かなければ諦める。
「頼んで、やってもらえるものなんですね」
「まあ、彼の性質的にね」
アザミさんはそこで笑う。
「けっこう効くんだよ、神頼み」
いつか忘れる空 秋月カナリア @AM_KANALia
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