「いや、助け……!」

叫ぼうとした瑞希の口を京牙は塞ぐ。

「しっ、ミズキ……!」

「えっ……」

「ミズキ、咄嗟にあいつが現れて、ああいう態度をするしかなかった。怖い思いをさせてすまない……そのままでいい聞いてくれ」

 京牙は言うとそっと瑞希の服を元に戻す。

周囲を注意深く見まわしてからこちらに向き直った。

今この部屋には瑞希と京牙だけだ。

「確かにお前が思った通り、俺は次期鬼王として周知されている」

 京牙の言葉が瑞希の体を固くする。

「ただ、それは表面上の話だ。俺は鬼王のようになりたくはない。それには理由がある。俺の産みの親の春紀を開放する手助けをして欲しい」

「えっ……」

 瑞希は意外な言葉に驚くが、むしろ今まで自分に向けてくれた京牙の温かな振る舞いが嘘ではなかったことの安堵の方が勝っていた。

「頼む、鬼王を封印するのを手伝ってほしい。いや、助けてくれ瑞希。俺はそのために長い間お前(巫子)を待っていた。あいつを騙すためにしばらく俺の物にされた振りをしてくれ」

 しばらく部屋に沈黙が訪れる。瑞希は混乱した頭の中を整理するためしばらく考えた。

 京牙のさっきまでの自分に対する横暴な振る舞いはあの鬼王を騙すためだったんだ。そして京牙は自分の産みの親を救い出すために、鬼王を封印したいと……。そのために俺(巫子)が必要だと……。

 京牙は部屋にあの巻物を持っていた。どうやって入手したのかはわからないけれど。

「京牙、お前、どうしてあの巻物を持っていたんだ」

「……ん?」

「俺、悪いと思ったんだけど、この格好が子供っぽくて嫌だったから、お前の部屋に行って服を借りようと思ったんだ。そしたら……ほんと、偶然なんだ……そのっ、巫子が鬼王に食われる絵巻を見つけて……」

「お前、あの秘密の部屋に入ったのか……!」

 一瞬鋭い視線に射抜かれて、瑞希は肩をすくめた。怒られるんじゃないかと身構えたが、京牙の反応は違った。

「そうか……だから剣を持っていたのか……」

 委縮して一瞬目を閉じた瑞希だったが、京牙の少し抑えた笑声に薄目を開けた。

「お前……あれはさっきも言ったが模造品だ。鬼王の部屋に飾ってあった剣を見よう見まねで作ってみた奴だ」

「え……そうだったのか」

「だからあれでは俺だけではなく、鬼王でさえ封じることはできない……まぁ紛らわしいことをしたのは俺だからな、ごめんな」

「京牙……」

「あと、絵巻は実はお前を見つけた場所で少し前に見つけたんだ」

「少し前?」

「あぁ、たぶん、河原にいるあいつの片割れが少しだけ時を遡らせて俺に渡したかったのかもしれない……」

「あいつ?」

「さっきお前牢屋で老人を見なかったか? あいつには片割れがいる。その老婆が俺に援護射撃してくれているんだ」

 事情はよくはわからないが、先ほどの牢屋のお爺さんが今ある状況に嘆いていたことは覚えている。

「まぁ河原のやつらや牢屋の奴のことは追々話す。あいつらもいずれ助けなければと思っている。でも何より先に俺は母親を救いたい」

 まだ京牙の言いたいことが全部瑞希にはわかりかねていた。

「京牙……お前の母親を救うって……どういうことなんだ?」

「俺の母親はずっと鬼王に縛り付けられている。そして無理矢理手籠めにされて俺を産まされたんだ」

「……!」

 瑞希は京牙の境遇に思わず息を呑んだ。

「ごめん……」

「何故お前が謝るんだ……」

「だって……」

「俺の母親は間違いなくお前の住む人間界に想い人を残している。俺にはわかる。だから彼を元の世界に戻してやりたいんだ」

「でも、それじゃ、京牙は……」

「俺? 俺の事はいいんだ。でも鬼王だけは許せない。あいつは確かにこの村を牛耳って鬼の生活を安定させてはいる。が、私利私欲で人間との交流を残酷なものにした。」

 瑞希は彼の境遇に思わず胸が詰まった。

 自分の両親が言に染まぬ形で自分を生み出した。そんな風に言っているように聞こえるからだ。

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