両膝をついた床が冷たい……。不安が重くのしかかってくる。

 これから自分はどうなってしまうのだろうか……。

「お前、まさか人身御供なのか?」

 ふと隣の牢屋から声が聞こえた。頭を起こし声のする方を探る。

「こっちじゃこっち」

 声は隣の牢屋かららしい。

隣との境は網目のフェンスで、中の様子を見ることができた。

そこには着物を着た七、八十くらいの少し腰の曲がった老人が座布団の上に

座っている。

「全く、鬼王には困った者じゃ……」

「あなたは……?」

「わしか? わしは人間と鬼の世界の狭間にいた河原の住人よ……懸衣翁(けんえおう)などと俗人は呼んでたかのう」

 不思議な事を言うおじいさんに目をしばたたかせながら瑞希は彼を見た。

 一つ目の鬼やら、鬼族やら、鬼王やら、もう散々色々な生き物を目にしたのでいまさら、目の前のおじいさんが妖怪だったとしても驚きはしないのだが、目の前のおじいさんは見た目は普通のおじいさんにしか見えない。

「昔はこの界隈の人と鬼はそれなりに仲良うしていたものじゃ……。あの鬼王になってからすっかり変わってしまった」

「どういうことなんだ? じいさん?」

 ツヨキが網目のところに顔を押し当てている。

 網目の方がツヨキの頭より小さいのでどうやってもツヨキはくぐれなかった。

「お前さん鬼王の人身御供になるのか、それとも鬼王を継ぐ京牙の人身御供になるのか? どちらにしても不憫よのう……。また春紀と同じ目に会う人間が増えてしまう」

「春紀?」

「なんじゃお前知らんのか、春紀は鬼王の人身御供として、ずーっとこの鬼の世界に閉じ込められておるのだ。そして京牙の母体でもあるオメガの巫子じゃ」

「なんだって?」

 瑞希が叫ぶ前にツヨキが声を上げた。

「わしもなんとかして助けてやりたいのだがのう……こうして捕らわれの身だ。

人間界に戻してやれん……」

そのうちに奥の方からバタバタと数人の足音が聞こえてくる。

「出ろ!」

「瑞希!」

ツヨキとヒカリが心配そうに瑞希を見あげるが、彼らは括りつけられているうえに足かせの先には大きな鉄球が括りつけられ、身動きできなくなっている。

「放せ!」

 瑞希だけ縛られたまま鬼王のいる大広間に出された。


玉座には先ほど見た鬼王がどっしりと構えていて眼光は鋭く大きな口からは牙が覗いていた。その傍には京牙が立っている。

「京牙、お前の生贄だ。お前がちゃんとこいつとつがいになるのなら、わしは手を出さない」

「当たり前です。こいつは俺の獲物だ」

瑞希をまるで物のような扱いをする京牙たちの会話に身が縮む。

「それではお前の寝床に連れて行き、事に当たるがいい、反抗するなら、目玉をくりぬくなり、腕を折るなりして食ってしまえ!」

 そう言うと鬼王は高らかに笑った。

「来い」

 本当の鬼とはこういうことを言うのだろうか。瑞希は縛られたままの紐を引っ張られ、引きずられるように京牙に連れて行かれる。

「止めてくれ、やめて! 京牙!」

「俺の名前を軽々しく呼ぶな、生贄の分際で、これから俺の物になるのだからおとなしくしろ」

「そ、そんな、どうして……」

「お前を待ち構えていた。最初裸でいたから間違いないと思ったのだが、鬼のツノを付けていた。小賢しい奴だ。よくも俺を騙したな」

 そう言いながら奥の個室へと連れて行かれると、そこには大仰なほどの大きなベッドがあり、瑞希はドアの前で他の鬼たちに縄を解かれると、部屋へ投げこまれた。ふかっとしたベッドに頭から突っ込んでしまう。

「いや、助けて!」

京牙がその大きな体で瑞希に覆いかぶさると、乱暴に服を剥ごうとする。

「いや、いやだぁああ! 誰か!」

 瑞希の目尻に玉のような涙が浮かぶ。

ふと京牙は振り返った。

「お前たち、戸を閉めろ。」

「はい、お楽しみを……」

そう言うと重い部屋のドアが瑞希の絶望感とともに閉まった。

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