第三章 囚われの瑞希
1
あの部屋から持ち出した絵巻、これは自分が村の神社の倉庫で見たものと同じなのかはわからない。
ただ、その絵巻には続きがあって、人身御供は人間界からこちらの世界へ繋がる洞窟を経てこの鬼の世界の河原に何も持たずに裸一つで転移するのだと記してある。
そしてその人身御供をもらうのは若い鬼王だと。
ご丁寧にその部分には赤い印がついていた。そこで絵巻は切れていた。
昔宮司のじいちゃんに封じの仕方は巫子になるときに教わってはいた。
けれど、もっとちゃんと勉強しておけばよかったと少し後悔している。
不安そうな瑞希にツヨキとヒカリが助けるから大丈夫と、やり方を教えてやると言い張り、強い気持ちを持つことができた。
ふと瑞希は悟る。桃治おじさんは僕にこの目の前の鬼を油断させるために、瑞希を式神を使って鬼にしたのではないかと。
(なら、京牙を倒すことができれば、僕は、いや、僕らの村の悪習が断たれるってことか……)
河原につくと、瑞希は緊張で喉がカラカラになっていた。
自分が思い描いていた鬼と京牙は随分違う。蔵の中で震えるように見た絵巻きでは恐ろしく醜い鬼が描かれていたのだが、今目の前の河原で昼寝などしている京牙はどちらかというと美形な鬼だった。
高く通った鼻梁、綺麗な切れ長の瞳をしていて、こうして改めてみるとまるで彫刻のようではないか。こんな綺麗な鬼も世の中にいたのかと思わせる。
(いやいや、騙されちゃだめだ。こいつはまだ正体を現していないだけで、本当は恐ろしい形相をしているかもしれない。人間を見つけるためにあの辺りをうろついていたと考えた方が正しい。なんだ、こいつも結局一つ目の鬼と目的は一緒だったんだ)
何の危機感も持たず、呑気に草原で昼寝をしている京牙の周りを、頭のツノから飛び出したツヨキとヒカリが結界を張り巡らせる。
「この剣で胸を一突きすればいいんだな」
瑞希は鞘から剣を抜き取ると、構える。そろりそろりと慎重に寝ている京牙との距離を詰めて行く。彼の無防備で美麗な寝顔を見ると、昨日自分に見せた笑顔を思い出す。
いや、どんなに助けてもらったとしても、どんなにこの村で仲間から良い奴扱いされていても、僕ら人間にとって所詮は鬼、人食い鬼なんだと自分を奮い立たせる。
ここで決めなければ村に帰ることもできない。
『頑張れ瑞希』
『そこで剣を振り下ろすんだ!』
二人の掛け声に合わせて瑞希は思い切りその切っ先を京牙に向けつきたてようとした。
が、その剣が彼の胸元に今にも届きそうなところで手が震え止まってしまう。
瑞希はぎゅっと目を閉じた。
「で、できないよ……!」
もしこいつが凄く嫌な奴だったらどれだけよかっただろう。
でも昨日出会ってから繰り返し彼の行動を思い返しても、瑞希がこうして剣を彼に向ける動機が次期鬼王であると言う推測以外、見当たらないのだ。
今実際なにも起きていない。自分に害を与えるどころが助けてもらっている彼に、なんでこんなことしなくてはならないのだろうか。
『バカ、ここにきて躊躇ってどうするんだよ!』
「こんなこと、僕に実害がないのにできないよ!」
その時ふっと風が吹き、辺りの草原の草がさわさわと一斉になびく。
「……ミズキ?」
声が聞こえる方にはっとして下を見ると、京牙が驚いたような顔でこちらを見ている。
『くそっ、やばい、瑞希!』
『早くっ、僕らが結果委を作るから逃がさず封印するんだ!』
瑞希のツノが眩しい光を放つと、ツヨキとヒカリが一斉に飛び出し、京牙の周りに結界を張り巡らせた。
京牙の瞳が見開き驚愕の色を見せている。
『今だ、瑞希!』
『剣を突きさすんだよ!』
「うっ、くそっ!」
瑞希は京牙を抑え込むように彼の上に乗り、その体に跨った。
「ミ、ミズキ……お前っ……!」
「京牙、君が鬼王になるって聞いたんだ。ということは要するにあれだ、だからごめん、封印させてくれ!」
瑞希は目を閉じると勢いよく今度こそその胸に剣を振り下ろす。
刺さったかと思いゆっくりと目を開けると、その刃先を京牙が掴んでいた。
「あ……」
手が少し切れたようだ。そこから血が滲んでいた。
瑞希は一瞬ショックを受けたが、当の京牙は痛いとも叫ばず、ただ一点瞳を見開いて瑞希を真剣なまなざしで見つめていた。
「ミズキ、お前……人間だったの……か?」
しまった!と瑞希は思った。式神の二人は自分の装飾の耳から離れて結界を作っている。
そのため今の瑞希の頭の上にはツノがない。
剣を引き抜こうと力を入れてもそれはびくともしなかった。
『瑞希! 何やってんだ!』
「駄目だ、剣が抜けないっ!」
『まずいよ、どうしよう』
このままでは殺られてしまう!
そう思った瞬間、腕が引っ張られ、瑞希は京牙の広い胸に抱き留められていた。
「え? え?」
わけがわからない。が、間違いなく、京牙は自分を抱きしめている。
「やっと……会えた……!」
その声が感動とも涙声とも取れるような声で、瑞希は困惑する。
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