翌朝、眩しい光に目を細め瞼を開くが、やはりと夕べ寝た同じ場所であるとわかるとため息が漏れる。

 これは夢ではなく、やはり現実の事だったのだ。


 朝ご飯も角武が迎えに来てくれた。食事の時間は昨日の夜も含めてこれくらいなのだと知ると、次からは自分でその時間に行くと告げる。

角式はそれを聞くとありがとうございますと頭を下げた。

やはり立派なツノが付いているなぁと思わず白髪交じりの頭を眺めてしまった。

下に降りると、そこには紅葉が一人で食事をしている。

「あれ、京牙は?」

 プーアル茶を一口飲むと紅葉は肩をすくめる。

「お兄ちゃんなら今朝どこかにでかけたわよ?」

 その後朝食が始まった。紅葉と二人きりということもあり、なんとなく落ち着かない。

「この家って凄いよね」

「そぉ? 村人を纏める家系だからこの辺りでは一番偉いらしいけれども、私は退屈。まぁでも将来の鬼王さまになるのはお兄ちゃんだから、お嫁に出てしまう私にはそんな重荷はないけどね」

『鬼王?』

 頭の中でツヨキの声が響く。

『それって人身御供に関係ある鬼じゃねぇのか?』

『桃治さんが言ってました。贄を食らう鬼が鬼王だと』

「なんだって?」

 突然叫ぶ瑞希に、紅葉はライチをつまんだ手を止め目を丸くする。

「どうしたの?」

「いや、ごめん、なんでもない」

「っていうか……なんか今、変な声聞こえなかった?」

 紅葉の反応に瑞希も角に擬態している式神たちにも緊張が走る。

 ツヨキの声が格段に小さくなった。

『やばい、こいつ俺達の声聞こえてるのか?』

『ダメだよツヨキ、しゃべったら。しばらく静かにしてよう!』

朝食を終えると、瑞希はすぐに玄関から外に出た。

(なんか紅葉ちゃん、色々と鋭い。気を付けなきゃ……)

階段を下っている途中で、見覚えのある鬼が階段を上って来る。昨日京牙のことを兄貴と呼んでいた仲間だ。

(あの人は昨日会った……。そう、風太だ)

「おぉ、おっす!」

 向こうもこちらに気づいて手を振ってくれた。

「あの……。京牙、どこに行ったか知らない?」

「ん? 兄貴もういないのか? もしかして、また河原へ行ったのかもしれないな。ここ数日、そこにばっか足を運んでるんだ。兄貴曰く、一つ目鬼見張りだっていうけど、昨日あんなことがあったばかりで、奴らもビビって今日はなりを潜めてると思うぜ。しかし、それにしてもなんであんな熱心なんだろうな?」

 と顎に手を当てながら難しい顔をした。

「瑞希さまぁ~!」

その時背後から慌てた様子の角武が階段を降りてくる。

「すみません、京牙さまから頼まれていまして、瑞希さまには今日は家でゆっくり過ごされますようにと。村が気になるのでしたら、また改めて京牙さまが案内してくださります!」

「え、で、でもっ」

 瑞希は京牙の行動が気になった。しかし角武の血相の変りぶりに瑞希が村から外に出る事は京牙的には嫌なのかもしれないとも思った。

「まぁ、お前昨日河原で一つ目の鬼に襲われたんだろ? だったら京牙兄貴の言う通りにしといた方が安全じゃねぇの? それに……」

「ん?」

「あいつが誰かを自分ちに泊めるなんて珍しいんだぜ。もし京牙が何か困っていることがあったらお前助けてやれよ、あいつほんとにいい奴なんだ」

「……うん」

 風太が見送る中、渋々屋敷に戻ると、玄関先で出かけようとする紅葉にばったりと出くわし、思わず心臓が跳ね上がる。

 彼女は大きな巾着を持っていた。

「紅葉さん、どちらに?」

「私は寺子屋に行くの」

(寺子屋……? あっ、そうか。勉強しに行くんだ。鬼の村でも若い人は勉強してるんだな)

「いってらっしゃい……」

「うん!」

 頭に乗っている二本のツノ以外は、紅葉も笑顔の度にえくぼを見せるような可愛らしい女の子だ。年は十六、七くらいなのだろうか。

 歩きかけた紅葉は一瞬想いを巡らせた後、こちらを振り返った。

「それにしても……。あなたお兄ちゃんと年変わらないそうよね?」

「そうだよ」

「お兄ちゃん随分あなたを子供扱いしているのね、それお兄ちゃんが子供の時に着ていた甚平よ!」

「えっ、やっぱり?」 

 少しむっとしてから紅葉を見ると、彼女はくすりと笑った。

「もっと大人っぽい着物、お兄ちゃんの部屋から盗んじゃえば? 丈なんて帯があればいくらでもたくし上げられるし」

「え、でも勝手に部屋に入ったらまずいかも……」

「そんなことないわよ、あなたを子供扱いするお兄ちゃんが悪いんだから。抗議すべきよ! 部屋は客間の上の階にある虎の間よ。比較的貴方の部屋に近いからすぐわかるわよ! 柱にトラの絵が掛けてあるの」

 少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、軽くウインクすると紅葉はそのまま行ってしまった。

(そっか、そうだよな、いくらなんでもこれはない)

 大人用じゃないことはこの胸にある大きな京と刺繍されてる文字でわかる。

 この文字の可愛らしい雰囲気がとてもこの甚平が大人用だとは思えないところの一つでもある。 

(そうだ、お邪魔して着物拝借しよう)

 戻った瑞希は紅葉が教えてくれた通り、自分の部屋の階の上に向かった。

 広いお屋敷だが、階段を上ると割と近くの柱に寅の絵がかかっていて、そこが京牙の部屋だとすぐにわかった。

 念のため軽くノックしたが、誰もいない。そっと引き戸を開け中に入ると思ったより部屋の中は綺麗に整っていた。

(へぇ意外と整理整頓されてる……)

 服を探すため、早速タンスらしきものを見つけ中をあけると、布が沢山入っている。

 これは……。赤い布を見つけ手に取ると、それは長い布で端にひもが付いている。ひもを指で挟むように持つと、ふわりと縦に広がった。

「あっ、こ、こ、ここれは……」

「ふんどしだな」

手元を見るとツヨキがふんどしの端を持って眺めていた。瑞希は思わず真っ赤になる。

「だ、だめじゃないかツヨキ、出てきちゃ、外に家の人がいるかもしれないんだ。」

「でも、この辺りに鬼の気配しませんよ」

 ヒカリもちゃっかり出てきている。

「そうそう、それよりさっきの話の続きだ、瑞希」

「え、あ、あぁあの話だよね、鬼王の」

「そうだぜ、この家の鬼はやっぱり鬼王に関りが深いらしい、さっき京牙の妹が言っていただろ? 京牙が次の鬼王になるって」

「京牙が次期鬼王ってことはってことですよね!」

 そう言いながらヒカリは開いたタンスの中をすたすた走り出した。

「あっ!」

 その拍子に何かの突起に躓いてしまう。

「おいぃ、仕方ねぇなヒカリ、お前そそっかしいんだから気を付けろよ」

「……」

 少しだけ涙目になっているヒカリの頭をそっと瑞希は撫でた。

「大丈夫? ヒカリ」

「ん~、痛かったです。なんですかねこれ?」

 ヒカリは足を撫でながら、その固突起物の上に乗っかる。

「ん?」

瑞希がその突起物を確認すると、ヒカリのお尻の下には何か円筒形のボタンのようなものが見えた。

「なんだこれ?」

 ツヨキがヒカリに続いて突起に飛び乗ると、それは自然と下に押されて沈んだ。

と同時にゴ……と滑るようにタンスが横にずれて行く。

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