少しでも何か口にしようと思い、ターンテーブルの上のエビチリを少しだけさらに盛った。一口口にして、ん?と思う。

「思ったより辛くないな」

 目の前の京牙は嬉しそうにそれを平らげている。

 念のためスープや野菜炒めも少し取り、口にしてみるがどれも全体的に辛さが控えめになっているような気がした。

「どうした?」

「え、あ、いや、思ったより辛くないね」

「え、あ、ま、まぁな」

 京牙少しだけ照れ笑いのような顔を浮かべる。

「私はもう少し辛くてもいいかなって思っているの。でもお兄ちゃんがあんま得意じゃないのよね」

 紅葉は少し不服そうな顔をするが、香辛料のある一角に手を伸ばし、先ほどからそれを料理に振りかけていた。恐らく料理が辛くなるようなものなのかなと思う。

(なんだ、京牙の奴、僕のことお子様扱いしたくせに、自分だって辛いの苦手なんじゃないか)

 二人とも体が大きいのか凄い食欲だ。でもこの二人を前に、瑞希はなにか違和感を感じた。

それにしても、この今の非日常になかなか落ち着かない。

瑞希は今、あまりゆっくりと食事をする気持ちになれない。早くこの世界の事を理解して、元の世界には帰りたいと思う。こんな鬼だらけの世界なんて、自分がいつ食われるかわかったものではない。

 食の進まない瑞希を心配そうに見る角武たちには悪いが、だいぶ食事を残してしまった。

「もういらねぇのか? そんなんじゃ大きくなれねぇそ」

「う、うん……。ごめん……」

 ルビーのような瞳がまた自分を見ている。その色が綺麗すぎるからなのか、それともその色があまりにも情熱的に映るのか、見られることにどこか照れ臭いような、不思議な疼きを感じる。

「……」

 そんな不思議な感覚にさせられる本人はまだ食べたりない様子でまだお皿に追加の肉を盛りはじめた。

「僕、先に部屋に戻ってるね」

「あ、ああ……」

食卓から部屋に戻ろうとすると、同じように食事を終えた紅葉が階段の踊り場で追いついてきて、話しかけて来た。

「ねぇ、君、ミズキって言うのよね。ミズキって呼んでいいわよね?」

「え、あ、う、うん」

「あのさぁ、さっきから気になっていたんだけど……」

「?」

「あなたって不思議な匂いがするわね」

「えっ」

 瑞希はドキリとする。

「うーん、なんだろうなぁ、この匂い……どこか懐かしいような……」

「な、なに言ってるんだよ、僕は鬼だよぅ!」

「わかってるわよ、変な人ね。あなた違う村から来たからこの村の人と違う匂いがするのかしらね?」

「あぁ、あのっ、おやすみなさいっ」

「うん、おやすみ!」

 部屋に戻って瑞希はなんだかぐったりした。

昨日の夜から今日まで、瑞希はジェットコースター並みにハラハラさせられることばかり続いて正直疲れだ。

というか先ほど気づいたのだが、なんだか体が熱いような気がする。脳裏に京牙の綺麗な瞳を思い出した。

「はぁ……疲れた」

 今日はとにかく寝てしまおう。そう思ったが、部屋に備え付けのお風呂から水音が聞こえる。

浴室を覗くと、そこには檜の小ぶりの浴槽にたっぷりとお湯が張られてあり、ツノから脱却したツヨキとヒカリがお風呂の準備をしていた。

「……」

「なんかあの紅葉って奴も気づいてるし、とにかく風呂入っとけよ!」

「あの兄妹、なんか匂いに敏感なのかもしれないですよ?」

「要注意人物だぜ!」

「うーんどうなんだかな?」

 すぐに寝たかったが、二人の言葉ももっともだと思った。

 瑞希は裸になり、浴室のドアを閉める。

 檜のいい香りに体が引き寄せられる。ヒカリとツヨキは浴槽の淵に腰かけるように座ったり、そこを駆け回ったりした。

「僕らちゃんと匂い袋の代りもしているつもりなんですけどね」

「匂い袋?」

「ええ、あなたから人間の匂いを消しているんです! バレてはいないはずなんですけど、何故か京牙も紅葉も微妙に反応しちゃってますよね……」

「まぁ、とにかくよ、さっさと体の匂いを落として今日は寝た方がいいぜ。お前も疲れてるだろ!」

 そう言いながら着物の裾を持ち上げ、ハチマキを付けたツヨキが石鹸をタオルに押し付け泡立ててくれていた。

二人はせっせと瑞希の背中をタオルでごしごしと磨きながら右往左往している。

「そうだね、そうする……」

 改めて瑞希は現実離れした世界でも、この小さな式神がいてよかったと思う。

 彼らがいるから正気を保てる。

 受け取ったタオルで体の前を一通り洗い、二人に背中を流してもらうと、髪も綺麗に洗った。

 瑞希はお風呂から出て体を拭いた、替えの寝間着も、恐らく明日着る服であろう着物もご丁寧に用意してあったが、それも先ほど着ていた物と同じような甚平だ。

(なんでこればっかなんだ。明日京牙に文句いってやる)

そう思いながらも今日は抗議する気もない位疲れていた。

奥の和室に布団が敷かれていて、たぶんあの二人の奉公人さんたちがしてくれたのだろうなと思う。頭の上に二つの小さなツノや、牙、不思議な瞳の色を覗けば、彼らは人間より少しだけ大きな人間と変わらないそんな温かみを感じるのだ。

瑞希は式神たちと布団に入る。やっと今日気持ちが落ち着くことができた。

そして今までの事が全部夢ならいいのにと思いながら、眠りについた。

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