「他の子たちは?」

「うーむ……あいつらはどうやら人間の世界に残って、おいらとこいつだけが瑞希と一緒にこっちの世界に来ちまったみたいなんだなぁ」

 隣でもう一人の小人が頷いている。

「でも桃治とおいらたちは意思の疎通ができてるから、とにかくこっちの世界にこれたのは桃治としても初なわけで、今結構喜んでるぜ」

「えっ、桃治おじさんと話ができるの?」

 瑞希が叫ぶと、ツヨキがドロンと携帯の形に変わる。

「桃治おじさん?」

『瑞希か……? まさか、お前がそっちに無事にいけるとは思わなかった』

「どういうこと?」

『頼む、瑞希。お前の手でこの忌まわしい人身御供の風習を断ち切ってくれ』

 突然の桃治からの願い出に瑞希は戸惑う。

「え、でもっ、どうしたら……?」

『お前の手でお前を捧げる相手を倒し、今度こそ鬼を刀に封じ込めるのだ』

「刀……?」

『それは鬼王の城にある。初代の巫子がそれに失敗し、取り上げられたものだ。きっとその刀もどこかに隠されているか封印されているはずだ』

 思いがけない討伐指示に瑞希は戸惑う。

「でもっ」

 その時ドアの向こうからノックする音が聞こえた。

 その拍子に手に持っていた携帯はびくりっと反応すると、すぐにドロンとツヨキの姿に変わり、ヒカリと同時に即角の形に変わると、瑞希の頭に慌てるようにひっついた。

 それと同時に部屋に京牙が服を片手に部屋に入って来る。

「ミズキ! 服持ってきたぞ」

 あまりにも寸前だったので、瑞希の心臓がバクバク波打っている。

(ほんとに危ないよ、ヒカリとツヨキ)

「あ、ありがと……」

 瑞希は胸を抑えながら取り繕うように、今身に着けているやぼったい服を引っ張り整えた。

「ん、どうした?」

「いいや、なんでもないっ」

 頭の上のツノたちが急いだのか、息を切らしているように感じる。

 京牙は先ほどの黒ずくめのフードから着物に着替えていたが、少しだけ緩めた胸元に少しだけドキリとする。見下ろす瞳はキリっとしているし、初めて見た素足も男らしく筋張っていて、やっぱりカッコいい。

けれど持ってきてくれた服が祭りで着るような甚平で落胆する。

 瑞希はやっぱり彼は自分を子供扱いしているような気がして少しだけむっとしたが、今のダボ着いた服では思うように動けないことも確かだ。

 渋々とそれに着替えることにした。

「お前……やっぱ。ツノついてるよな」

「な、なにっ?」

 一瞬ドキリとした。

「いや、最初お前の事、人間かなって思った。鬼に襲われてたし……」

「そ、そんなわけないじゃないか!」

 瑞希の心臓が跳ね上がるが、「それもそうか……」と京牙は意味深げにつぶやいた。すぐに京牙の視線が反れて、瑞希は自分の事を疑う以前に、京牙が何か他の事に意識が向いていることに気づいた。

 京牙がそのまま部屋を後にすると甚平を着た瑞希は、やはりその服がまるで子供用だとなんだかおもしろくない気持になる。

自分でもその気持がなんだかわからない。けれど、加えて京牙が別のところに意識が行っているのもなんだかおもしろくない。

河原で出会ったのも別に偶然だったのだろうと思う。

 

そのうちに何かいい匂いが辺りに立ち込め、瑞希は思わずお腹を抑えた。

 その具合をまるで推し量ったかのように奉公人がコンコンと瑞希の部屋をノックした。

 食卓に招かれた時にはもう外は真っ暗になっていた。

 テーブルも雰囲気も、和洋が混ざった様な不思議な空間だと思った。

 テーブルは丸く、ターンテーブルが真ん中に備えてある。

そこに肉の丸焼きや野菜の炒めたものや揚げたパンなどが載っていた。

 豚肉や牛肉の匂いがしてどこかほっとする。それでも肉をよく見てしまった。

確かに獣だ。少なくとも人間の手や足がそこにあるわけじゃない。

 食卓に来るまで人間の丸焼きでもあったらどうしようかと本気で思ったくらいだ。

奉公人たちが笑顔で、開いた少し深みのある皿にスープを注いでいる。

彼らの名前は鬼武とアザミと言った二人とも自分より一回り上位だろうか、いや鬼の寿命は長いと聞いたから、思ったよりは年を取っているのかもしれない。

そこにいるのは京牙と紅葉だけで、人間界で言うところの父親や母親らしき人はいなかった。いつも二人きりで食事をしているのかなと瑞希は思う。

「今日はいつもより人が多くて楽しゅうございますね」

 笑顔のアザミに京牙も紅葉も微笑んだ。なんだか雰囲気が温かい。とても鬼が食事をする風景とは思えない。

二人とも上品にターンテーブルの食事を更にとりわけ食べている。

「ミズキも好きな物取って食べな」

(ここに人間はないですよね?)

 思わずそんな言葉が口から出そうになったが、どう見ても豚だと思う丸焼きのところからそっと肉を取り口にするとやはりそれは豚肉だった。結構美味しい。

 他にもチャーハンらしきものがあったり、スープもふかひれっぽいし、やはり人間らしきものは見当たらない。

(僕って疑り深いのかな)

 というかそもそも人間なんて食べたことがないし、スープや野菜炒めにさりげなく混ざってますよと言われたらわからない。もしかしたら共食いしているかもしれない。

 そんな身も震えるような気分でいたら、美味しい物でもあんまり喉を通らなくなってきた。

「ミズキお前小食なんだな、そんなんじゃ大きくなれないぞ?」

「ご、ごめん」

「なんで謝るんだよ」

 京牙が苦笑いをする。

「まぁ、今日は色々あったみたいだからな、疲れただろ? 今夜は早めに寝な」

 本気で自分を心配している視線が自分をやはり小さな子と思う情なのかわからないけど、やっぱりあの一つ目の鬼を倒した鋭い京牙の目つきからはあきらかに違うと思う。

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