第二章 京牙の家

 瑞希は混乱していた。

(何故僕の頭の上に角が? 僕は鬼になったのだろうか……。だから京牙も京牙の仲間も、今ここにいる人たちも僕に温かな視線を送ってくれているのか……。お、落ち着けと、とにかく何がどうなったかはゆっくりと考えて行こう。い、今は自覚ないけどっ僕は鬼なんだ。鬼ならこの人たちと同じなんだ……で、でもっ……)


 瑞希は一番考えたくない事を思い出してしまった。


(僕は鬼に生贄として捧げられたはずじゃなかったのだろうか? それなのに何故鬼になって鬼の世界にいるのだろうか……)


 背後の肉屋が先ほどと変わらず鉈で動物の肉を切る打音を繰り返していて、瑞希は思わず身を震わせた。


 手鏡の中の自分の頭を改めて見て、そこに映る二本のツノにそっと触れ撫でてみる。

 確かにそこには固いツノがある。幾度か撫でまわしていると『あぁん、くすぐったいよぅ』

と頭の中に声が響き、思わず手がびくりと反応した。


(なっ? 何今の?!)


 恐る恐るもう一度ツノに触れようとするも、寸でで京牙が手鏡を取り上げてしまった。


「遊んでないで、いいから行くぞ」

「うわっ! う、うん」


 瑞希はどうして自分が鬼になったのかわからない。

 それに鬼はみな背が高く、体も大きい。

 だからと言って京牙に子供扱いされることに納得はいかなかった。


(どうせこの世界に転生されて僕を鬼化してくれるなら、ついでに背も高くししてくれたらよかったのに)


 鬼の街は懐かしい昔の昭和の商店街のようで、店には豚や鳥、アヒルや果物などの食べ物やら、着物やら、人間が生活に必要な物が売られている。

 いい意味で雑然としているのだ。

 そういうところは人間と違いがないと瑞希は思った。

 そうして長い商店街の道を抜けると、あちこちに二階建ての住宅が見える。


「じゃあまた明日なぁ!」

「おう!」


 分かれ道で風太と雷太が元気よく手を振っていた。京牙もそれに応えて手を振る。

 とても背の高い京牙上に上げた腕も逞しく、今日町中で色々な鬼がいたけどその中でもすらりと背が高くて手足も長く、顔も小さくて……もちろんその顔も美形だ。

 横顔を見て鼻がすらりと高くて少し切れ長の目が綺麗だなと思った。


 鬼のイメージってもっと怖くていかつい顔をしてって感じなのだけど、京牙はそういうのとはかけ離れている。

 でも頭にちゃんと立派な角が二本乗っている。彼は鬼……。人間を食らう鬼なのだ。

 そうあの絵巻に出て来た鬼のように本当は狂暴で……。


 更にその先に緑の葉が生い茂った盛り上がった山が見える。

 中央に長い階段があり、その上にお寺のような建物が見えた。


「俺の家はあそこだ、来いよ」


 瑞希の視線を察した京牙が笑顔を見せた。

 京牙は二段抜かしでその階段を上がっていく。


「あっ、ま、まってよぅ!」

「ぐずぐすしてると置いて行くぞ!」


 軽快に階段を上がっていく京牙とは対照的に瑞希は息を切らしていた。

 足元の階段を見ながらやっと上までたどり着くと、ふっと目の前に大きく迫る迫力のある石の門に瑞希は思わず声を上げた。

 ドンと構えている門が太く、柱には恐ろしい鬼の顔が掘られている。

 迫力がありすぎて思わず身が縮こまる。

 気後れしている瑞希を京牙は立ち止まり待っていた。


(と、とにかく今はこんな格好だし、今夜の宿もないし……。京牙は特に僕を人間と疑っている様子もない。ついて行くしかないんだ)


 玄関前の扉も重厚でその扉が物々しく開くと、中から奉公人たちが笑顔で出迎えていた。


「お帰りなさい、京牙おぼっちゃん」

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