5

 もうだめだと思った瞬間、風のような音がひゅんと頭上で鳴った。

 瑞希の目の前で一つ目の鬼の首が跳ねられ、空中に舞う。

その間から獲物を狙うような鋭い視線の男と目が合った。

首から血が飛び散るとそれは足元に転がる。

「ひぃいい!」

 瑞希は思わず後ろずさりながら悲鳴をあげた。

 大きな鉈を軽々と肩に抱えた人間の男が颯爽と現れた。

 フードを深く被った黒い上着を着ている。

 その中に見える顔は肌がやや赤みがかっていて、瞳は赤い輝きと共に鋭く、目尻は上がっている。鼻筋は高く、美麗だ。まるでこの世の物とも思えないほど野性味を帯びた美しさに思わず息を呑む。

 首のない巨体がぐらりと横に倒れこむ。とそれを踏みつけるように片足を載せた。

「ったく……また性懲りもなく河越えしてきやがった。こっちに来たら首をはねてやるって散々言ったのによ。欲深の一つ目野郎が。ほんっとに青鬼どもは学習しねぇな。脳みそ機能してやがるのか……」

 男の声は艶があったが、怒りを含んでいるのか凄みがあった。

 鋭い目つきの男がちらりと瑞希を見る。

 こちらを見られただけでドキリとした。

 その男は一瞬どこか期待に満ちた瞳をしていたが、何故か瑞希の頭部に視線が行くと軽く嘆息した。ふっと手を頭の上に置く。

「大丈夫か……?」

 視線がこちらに向き、その場にへたり込んだ瑞希に合わせ腰を屈めた。

 ルビーのような綺麗な瞳が真っ直ぐこちらを見ている。端正な顔に思わずドキドキしてしまう。

「……お前、ここらへんであんま見かけない顔だな?」

「あ、あのっ、そのっ……」

「……どっからきた?」

「わ、わかりません」

「あ? 迷子か……」

 間違ってはいない。この辺りは見たこともないし、元来た村からどの辺りの土地なのかも皆目見当がつかない。

 一つツノの鬼が出て来た時点で恐らく今自分がいる場所は想像を超えたところに違いない。

 なんにしても助かったと瑞希はほっとした。しかし……。

「ん……? あっ」

「え?」

 男は何かに気づいた様子で咄嗟に視線を反らし、何故か頬を赤くした。

「お前、な、なんでそのっ、鬼のくせに裸なんだ?」

「えっ、あっ……!」

 草むらで丁度股は隠れていたものの、瑞希は鬼から逃げるのに必死で自分が裸でいることを忘れていた。

「そうか……一つ目青鬼の野郎に服はぎ取られたか? 全く、ロクなことしねぇな」

 そういうと川べ辺りを見回した。

「ん~~? お前の服らしきものどこにもねぇな。川に流されちまったのか」

 男は立ち上がると辺りを見回し、首のなくなった鬼のところへ行くとその体から着物をはいだ。

「とりあえずこれ着ておけ」

「えっ……!」

 瑞希の懐に不意に大きな布が放り込まれた。

 それは襲われた気味の悪い青鬼の着物……。

 躊躇していると、心の声が聞こえたのか、男はちらっとこちらを見ながら頭を掻いた。

「仕方ねぇだろ、とりあえず今はこれしかねぇよ」

 瑞希は大きな布を広げる。とにかく今はこれを服の替わりに着るしかないようだ。

 だぶだぶの布を服のように巻き付けると立ち上がった。だが、改めて助けてもらった男の大きさに気づく。

 瑞希は身長は百七十㎝くらいはあるはずだが、男はもっと高い、思わず見上げてしまうほど。


 二人の間に沈黙が訪れ、風がふっと草原を揺らす。

 これから自分はどうしたらいいのかと瑞希は途方に暮れた。

 もうあんな非情な村には戻りたくない。まぁそもそも戻れるかどうかもわからなかった。

 いくら村の中の小さな世界にいたとはいえ、ネットやテレビのニュースで世界の事はある程度わかってはいる。

 そしてどの世界にも一つ目の鬼など存在していない。恐らくここは異次元の世界と言う奴なのかもしれない。

 改めて瑞希は周囲を見渡した。

 けれど視界の先は草原が広がっているだけだ。

「これから、どうしよう……」

 ふと独り言のように言葉が漏れた。

「……行く場所ねぇのか?」

 男にそう問われて瑞希は心細くなった。

 今この男に助けられたからと言って、いきなり彼を信頼するなんてことはできないが、それでも今あった危機から救ってくれたのも彼だ。

「とりあえず、お前みたいな子供は保護しないとな。とりあえず俺の住む街へ来い」

「こ、子供っ?」

「俺はこの辺り時折警備してるんだ。お前みたいな流れ者や困った奴を保護するのも大事な仕事だからな」

「僕はこう見えても大人だ」

「は? こんなちっせぇのにか?」

「小さくないっ! こ、こう見えても僕はもうすぐ二十歳だ」

「嘘だろっ? マジか、おまっ、俺と同じ年じゃねぇか。ちっせぇな!」

 男は突然破顔し、声を上げて笑い出した。

「何が可笑しいんだ!」

 瑞希は男に突っかかろうとしたが、男は腹を抑えながらまだ笑っている。

「そっか……。可愛いなぁお前」

 可愛いって……。文句を言いたくなったが、先ほどの緊張感が少し緩んだのも事実だ。さっきのよそよそしさから急に二人の距離が縮まった気がした。


 何はともあれ、瑞希はとりあえず、男の街へ向かうことにした。

「そうだ、俺は京牙(キョウガ)って言うんだ、お前は?」

「……瑞希」

「そうか、ミズキか、よろしくな!」

 にっこりと口角を上げ微笑んだ男の笑顔が眩しくて、瑞希は子供扱いされて半分拗ねながらもどこか胸が疼いたのを感じた。

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