第95話 緊急事態! 薬師メディの真価!

「あなたの治癒魔法の完成度は高いが、治癒師として失格だろう」


 村長がレリックを射竦める。

 レリックは身震いしそうになるが、かろうじて目を逸らさない。

 目の前にいる老人が何者なのか、そればかり考えていた。

 村長が厳格で知られた前国王であることなど、夢にも思っていない。


「……失格とは随分な言い草ですな。この治癒魔法は治癒師協会の上層部にも認められており、王都の民も求めている」

「治癒師協会の真意や方針まではわからん。しかし、あなたの治癒魔法が求められるのは当然だ。王都は国内でもっとも人が行き交う場所。ざっくり言えば軽度の症状でも一日に数えきれない人々が治療院の世話になっておるからの」

「それがどうしたというのか」

「わからんか? 人々は治療院の世話になるしかないのだよ。求められているのは当然だ」


 老齢の人間相手とはいえ、レリックはプライドが高い人間だ。

 ここまで反論されることなど、彼の人生においてほとんどなかった。

 ストレスで眉が痙攣して、握り拳を作っている。


「治癒師全盛期とはいえ、患者に対してまだまだ治癒師は足りん。あなたもその一人、ただそれだけだ」

「私がその他大勢と言うのかッ! たかが田舎の村長ごときが頭に乗るなよ!」

「自らを特別などと思いあがるなと私は言いたいのだ。必要とされているのは事実だからの」

「ならばそこの薬師の娘はどうなのだ! 私の治癒魔法よりも優れていると!?」


 村長が何か言う前にメディがレリックの前に立った。

 白十字隊ヘルスクロイツがレリックの両脇に立っているにも関わらず、微塵も恐れていない。

 いつものメディではなく、その目には蔑みや怒りともつかないような感情が籠っていた。


「あなたの治癒魔法は患者さんを苦しめています。少しでも早く苦しみから解放されたいのが患者さんなんですよ」

「下らん。大切なのは結果だろう? 結果的にお前の薬以上の成果を上げている」

「下らない……?」


 レリックは絶句した。

 そこにいるのが田舎娘ではないと錯覚したからだ。

 白十字隊ヘルスクロイツや秘書のヘーステイすら、村長以上の圧を感じている。

 レリックは自身の後ずさりにすら気づかない。


「患者さんを苦しめることが下らない……ですか」

「な、なんだ、この娘は……」


 その時、遠くから轟音が響いた。

 音の発生源が山のほうからということで、一部の者達の行動は早い。


「地すべりか崖崩れだ!」

「アイリーンさん! 山に入ってる狩人の人達っている!?」

「いたはずだ! エルメダも来てくれ!」


 アイリーンとエルメダに続いて、獣人部隊の獣人達が走る。

 その際にアイリーンはメディを背負っていた。

 以前はメディが山へ入ることを渋ったアイリーンだが、今は否定しない。

 むしろ一秒でも早くメディの薬を届けなければいけないとわかっていた。


「先日の雨の影響で地盤が緩んでいたのだろう。私も警戒しておくべきだった……」

「アイリーンさん……。誰も山に入ってないですよね? きっと大丈夫、ですよね……?」


 メディの本心だった。

 元より患者が出ることなど望んでいないのだ。

 ましてや最悪の事態など想定したくない。

 その様子をレリックが呆然として見ており、そして走り出した。


                * * *


 地すべりの影響で土や木、岩が入り混じっている。

 残っていた狩人が青ざめて立っており、アイリーンがすぐに瓦礫の撤去を始めた。

 ドルガー達、獣人達も作業を開始して間もなく、二人の救出に成功する。

 奇跡的に目立った損傷はないが、気を失っていた。


「ショックで気絶しています。細かい傷などの外傷以外はありません。お薬、出します」

「こっちはどうだ?」

「左足の骨折とあばら骨が折れて重症です。お薬、出します」

「頼む」


 追いついたレリックはその光景が信じられなかった。

 薬師であるメディが見ただけで的確に症状を言い当てたことに驚いている。

 その跡、次々と救出されて最終的な人数は十六人にも及んだ。

 中にはロロと共にやってきた移民も含まれており、彼らが狩人を志望していたことをメディは思い出す。

 十六人という重傷者にレリックは内心、白旗をあげていた。


「無理だ……。これだけの人数であればすべては救えん」

「そう思うか?」

「極剣、私を侮るなよ。あの薬師の娘は今日、現実を思い知るだろう」

「フ……」

「何がおかしい?」


 アイリーンの冷笑にレリックは苛つく。

 現実が見えてないのか。そうまでして小娘を擁護するのかとアイリーンを軽蔑した。


「メディは全員を救う」

「できるものか!」

「ではそれが実現した時、お前は思い知るだろう。メディという薬師をな」

 

 極剣といえど、しょせんは冒険者かとレリックは平静を保つ。

 しかしアイリーンの様子は一切変わらない。

 白十字隊ヘルスクロイツもまたアイリーンを睨みつけていた。


「レリック様、気にする必要はありません。あれは我ら白十字隊ヘルスクロイツへの招待を何度も蹴った女です」

「そうです。何の思想も持たない野良犬の戯言ですよ」


 彼らの言葉などレリックには届かない。

 メディが手際よくポーションを飲ませて、時にはその場で調合する様に魅入っているからだ。

 その手腕に迷いなどなく、やがて怪我人が目を覚まして立ち上がる。


「た、助かったよ」

「よかったです。念のため、休んでいてください」


 バカな。

 レリックは心の中で呟いた。

 その男は間違いなく重傷者であり、レリックの治癒魔法ですらここまで手早く完治させられない。

 薬師ではなく、実は治癒魔法を使ったのではないかとすら考えていた。


「こちらの方は内臓が激しく損傷しています! 更に血圧が高く、胃腸も強くない人です! イエローハーブとクラホフの実を調合したポーションですね!」

「見ただけでそこまでわかるものか!」

「うるさいですッ!」


 ついにレリックはメディに怒られてしまった。

 もはやメディに対する口出しする材料がない。

 震える拳のやり場がなく、せっせと治療に勤しむメディを見ているうちに段々と力が抜けていく感覚を覚えた。 


「……やれるものならやってみろ! 一人でも死なせた時点で笑わせてもらう!」

「三流治癒師は黙ってなよ! あんたは本来、ここにいる資格すらないッ!」


 エルメダの一喝でレリックはいよいよ黙ってしまった。

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お薬、出します!  追放された薬師の少女は、極めたポーションで辺境の薬屋から成り上がる【Web版】 ラチム @ratiumu

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