第94話 カイナ村の人々が求めるもの

「ロウメル元院長、失礼する」


 ロウメルの小さな診療所にレリックが踏み込んできた。

 患者の治療を行っていた最中なだけに、ロウメルは唖然とする。

 先日、メディが怒りを露にした時からレリックは村に入り浸っていたのだ。

 どこで寝泊りしていたのか、ロウメルは疑問に思ったが今はそれ以前の問題だった。


「レリック支部長、困りますな」

「仕事を見せてもらったが、温い治癒魔法だな。それでは完治などしない」

「こちらの方は山で足を挫いたということで、相応の治療を行っております。これまでも同様の治療を行っており、問題はありません」

「そこが素人治療だというのだ」


 さすがのロウメルも、この傍若無人な態度に怒りを覚える。

 レリックはロウメルが治療していた患者の足を強引に手に取った。


「な、何するんだよ!」

「やはりまだ完治していないな。これではふとしたきっかけで再発するだろう」

「あんた誰なんだよ!」

「私は治癒師協会王都支部の支部長レリック、本来であればこんな田舎ではお目にかかれないほどの人間だぞ」


 村人はレリックと聞いて思い当たった。

 カイナ村における噂の広まりは恐ろしく早い。

 治癒師協会の治癒師がきたことは、すでに村中に広まっていた。


「特別に私が治療してやろう。これは滅多にないことだぞ」

「はぁ!? ここはロウメルさんの診療所だぞ? そもそも村長に許可を取ってるのか?」

「先に私の実力を周知させたほうが納得するだろう。そのほうが合理的だ」

「メチャクチャだよ……」


 村人とロウメルが今一、強気に出られない理由があった。

 彼が護衛につけているのは白十字隊ヘルスクロイツだ。

 治癒師協会専属の護衛で、各地から集めた強者で成り立っている。

 その中には治癒魔法によって命を助けられた者が多く、独自の理念が形成されていた。


「レリック様は生命の守り手」

「このお方の治療を受ければ必ずや今後の生を実感できるだろう」

「いや、足を挫いただけだからな……」


 村人の突っ込みなど意に介さず、白十字隊ヘルスクロイツの二人はレリックを見守っていた。

 その無機質な立ち振る舞いに村人は背筋をゾッとさせている。


「ロ、ロウメルさん。こいつらなんかやばいよ」

「追い返したいのだが、私の力ではどうにも……」


 二人には構わず、レリックが村人の足に治癒魔法をかけ始めた。

 すると村人が顔をゆがめる。


「いっ! ああぁぁ! なんだこれなんだこれ! いでぇぇ!」

「騒ぐな。すぐに収まる」

「あああいぃぃ……あ、あれ?」

「これでもう問題ない」


 村人は足を動かして確かめた。

 何の引っかかりもなく動き、それは完治といっていい状態だ。

 しかもロウメルの治療魔法よりも今は心地いいとさえ感じていた。


「な、なんかスッキリしたな?」

「これがレリック様の治癒魔法だ。一時的に氷結させることによって悪事をする細胞を死滅させる。そして治癒の効果をいきわたらせるのだ。氷の異名に相応しい」

「何を言ってるのかよくわからんが……」

「王都でレリック様の治癒魔法を受けるとなれば、最低でも半年以上は先になる。貴様は運がいい」


 レリックの態度は気に入らないが、村人はその腕を認めざるを得なかった。

 しかし心の中でなにか引っかかりがある。

 それはこの村に居続けたからこそ、感じるものだった。


「この調子で村人達を治療する。全員を納得させてしまえば老いぼれ治癒師と時代遅れの薬師など必要とされなくなるだろう」

「さすがレリック様。だからこそ生命の守り手として相応しいのです」


 ロウメルと村人をよそに、レリック達は診療所から出ていった。

 ロウメルは思う。確かに治癒魔法の腕で自分は負けている。

 しかし彼がこの村で必要とされないことはわかっていた。


                * * *


「ぎゃああぁぁ! い、いてぇ……あれ? なんともないぞ?」

「フン、これで完治だ」


 気をよくしたレリックは村の家々を回って治療行為に及んでいた。

 これでロウメルとメディの仕事は完全になくなったと確信している。

 レリックは心から二人を蔑んだ。

 手間をかけて薬を調合しなければいけない薬師、魔力がないからその道しか選べなかった落ちこぼれ。

 それに比べて自分こそが時代の最先端をいっていると自信に満ち溢れていた。


「これで一通り、完治させたな」

「これでロウメルと薬師の子どもは完全に失墜しましたな。レリック様に歯向かうからこうなる……」

「仕方あるまい。才がなければ失敗で気づきを得るしかないのだからな」


 完全勝利。他愛もない。

 レリックはメディが膝を落として絶望する様を想像していた。

 己の過ちを認めて謝罪しに来るべきだ。

 そうすれば王都支部で治癒師のついでに雇ってやらんでもないと思っていた。

 が、しかし――。


「ずいぶんと調子がいいようですな」

「なんだ、お前達は?」


 レリックに立ちはだかったのはアイリーン、エルメダ、カノエ。ブラッドニュースことニト。

 メディとロロ、そして声をかけたのは村長だ。


「レリック支部長。お初にお目にかかる。挨拶にこなかったもので、こちらとしてもどう対応していいのかわからなくてな」

「お前が村長か? ならば話は早い。私の実力はすでに知っているだろう」

「えぇ、まぁ……。見事な腕の持ち主のようですな」

「当然だ。わかればすぐに」

「うむ、あなたはカイナ村には相応しくない」


 レリックは耳を疑った。

 このジジイは何を言っているのだと口に出したいところだが、出てこない。

 なぜかわからないものの、レリックは村長のかすかな圧を無意識のうちに感じていた。


「今、なんと?」

「ですからあなたはカイナ村に相応しくない。あえて村中を歩かせてみましたが、やろうと思えばすぐに叩き出せましたのでな。フォッフォッフォ……」

「なんだと……! この私を認めないだと!」

「えぇ、あなたはメディとロウメルさんの足元にも及びませぬ」


 レリックへの侮辱を許せない者が二名いた。

 白十字隊ヘルスクロイツが剣を抜いて威嚇する。


「レリック様。この閉鎖的な村ではあなたの完璧な治療は理解されなかったようです」

「この不躾な田舎者どもを……」


 次の言葉は出なかった。

 アイリーンが、カノエが、エルメダが。ニトが魔道兵器を構える。

 更には村の入口を守っていた獣人達もやってきた。


「おう、てめぇら。何をやらかそうってんだ?」

「武器を抜いちまったのか?」


 レリックは喉が張り付くような感覚を覚えた。

 口内の水分が消えて、声が出ない。

 周囲の圧を本格的に感じた時、ようやく自分が置かれている状況を理解した。


「な、なんだ、この村は……我らは白十字隊ヘルスクロイツだぞ……」

「こ、この大陸最強の一角と言われた……我ら白十字隊ヘルスクロイツの、膝が、ふ、震えているだと……」


 獣人達だけではない。

 アイリーンが腕を組んだまま、少し前に出たのだ。

 ただそこにいるだけで恐ろしい。

 何者かわからない得体の知れなさに、白十字隊ヘルスクロイツは呼吸が乱れる。

 そんな彼らを確認した後、村長が優しく語りかけた。


「……落ち着いて話をしましょうぞ。なぜ私がそのような主張をしたのか……ぜひ理解して帰っていただきたい」


 謎の圧倒的戦力だけではないとレリックは固まる。

 田舎の村の村長にしてはあまりにオーラが違うのだ。

 エリートとして君臨し続けたレリックのプライドはすでに崩壊しつつあった。

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