第93話 治癒師協会からの刺客?

「くっすり♪ くっすり♪ おっくすっりだっしまぁす♪」


 プロドスから帰ってきた後のメディはすこぶる機嫌がよかった。

 いつも笑顔で仕事に取り組んでいるが、鼻歌を歌うことは滅多にない。

 なぜこうなっているのか?

 メディは薬師あるが、怪我人や病人が出ることは望んでいない。

 苦しむ人間がいないに越したことはないのだ。

 そういう意味で、カイナ村に到着するまでに怪我人や死人が出る可能性が激減したのは喜ばしいことだった。


「今日もいい天気ですねぇ」


 一日の始まりの大半がこのセリフだ。

 早朝に起きて窓を開けて日差しを浴びる。

 手早く朝食を食べ終えた後、開店前の下準備に取り掛かっていた。

 最近はカイナ村に訪れた冒険者が増えたこともあって、質がいいポーションをたっぷりと売ろうと考えている。

 そのポーションでこれから救われる命が増えることを願っていた。


「メディ、少しいいだろうか」

「ロウメルさん、どうしたんですか?」


 ロウメルが訪ねてくる時は大体が治癒魔法でカバーしきれなかった時だ。

 そんな時は迷わず相談にやってくる。


「先日、ポールさんの怪我を見たのだけどね。どうもよくない菌が入り込んだかもしれない」

「それは大変ですねぇ!」

「あぁ、だから」


 ロウメルの言葉を遮るかのように、薬屋に訪問者がやってきた。

 訪問者は四人。一人はメガネをかけた好青年、残る二人は白銀の鎧を着込んだ騎士風の男だ。

 最後の一人は女性で、レリックよりも半歩ほど下がって立っている。

 村にやってきた冒険者パーティかとメディは思った。


「いらっしゃいませ! お薬、出します!」

「やはりここが村で唯一の薬屋か。こんな辺境の村にしてはずいぶんと充実した品揃えだ」

「ありがとうございます! あなたは?」

「私はこういう人間だ」


 名刺には治癒師協会クランティア王国王都支部長レリックと書かれている。

 クランティア、メディ達がいる国の名前だ。

 治癒師協会というワードにメディはやや表情をこわばらせる。

 イラーザの一件が脳裏によぎったのだ。


「レ、レリック支部長!?」

「誰かと思えばロウメル元院長か。まさかこんな辺境に落ち延びていたとはな」

「なぜこんなところに……」

「まさかこんなところでご老人に再会できるとはな。しかしお前に用はない」


 年上であるロウメルに対するレリックの態度にメディは不快感を覚える。

 情がなく、冷たい。あくまでメディの感覚だが、とても治癒師に向いているとは思えなかった。

 しかしイラーザという前例がある以上、それが治癒師協会というものかとも解釈する。


「君がメディか。例の治療院での一件はすまなかった」

「いえ……」

「イラーザのような出来が悪い治癒師がいては、我らのイメージは地に落ちる。事実、君もそう思っただろう?」

「そんなことは……」


 彼らの訪問理由をメディは察する。

 イラーザとの一件がこのレリックに耳に入り、自分に興味を持ってやってきた。

 感じがいい人物ではないため、メディは胸が締め付けられる思いをする。


「突然だが少し見学させてもらってもいいかな?」

「見学、ですか?」

「そうだ。君とは道が違えど、私は治癒師。他職の仕事をぜひ見てみたい」

「……いいですよ。ではこれから患者さんのところに行きます」


 メディはロウメルと共に、レリック達を連れてポールの家へ向かった。

 ポールは作業中に転倒した際に、足を大きく擦りむいたという。

 大した怪我ではないものの、ロウメルの見立てでは傷口によくない菌が入り込んだ。

 そしてメディが見たところ、ポールには熱があった。

 無理をして働いているのがすぐにわかったのだ。


「やぁメディちゃん。ロウメルさんと一緒というのは穏やかじゃないね。ハハハ!」

「ポールさん。今は症状は軽いですが、熱病に侵されています。お薬、出しますね」

「熱病だって? 確かに少し体のだるさは感じていたが……」

「大きな病気ではありませんが、こじらせると命に関わります」


 メディはポーションを取り出してポールに渡す。

 ポールが迷いなく飲むと、自身の身体を確かめるように手足を動かした。


「……確かに熱があったみたいだな。今は気分爽快だよ」

「よかったです! ポールさんはすぐ無理をするので早めに気づいてよかったです」

「それはそうだな。君がいなかった頃の癖がぬけなくてなぁ」


 メディとポールのやり取りをレリックは冷ややかな目で見ている。

 メガネを指で押し上げてから、小馬鹿にしたように笑った。


「下らん。どれほどかと思えば、まるで子どものママゴトだな」

「はい?」

「メ、メディちゃん。その人は?」


 レリックがポールに近づいて、おもむろに腹を掴んだ。


「いででででっ!」

「この内臓脂肪を見ろ。大方、仕事終わりだからと油断して不摂生をしたのだろう。まったく見下げた人種だよ」

「な、なにするんですかッ!」


 メディがレリックの腕を掴む。

 しかし力の差は歴然で、引きはがすことができない。


「この男の寿命は長くないだろう。結論としては放っておくのがベストだ」

「は、はぁ? あなた、なにを……」

「この世には多くの人間で溢れている。治す価値がある人間、治す価値がない人間。それらを見極めて治してこそ、合理化がある。君にはわからんだろうな」


 メディの口から「はぁ?」などと出る事態だ。

 レリックがポールの腹から手を離す。

 メディはレリックを睨みつけて、憎悪をたぎらせていた。

 レリックは言葉だけではなく、物理的に村人を傷つけたのだ。

 メディにとって許せる存在ではない。


「こんな小さな村ならば子どもの薬師と落ちぶれた治癒師もどきのジジイで足りるだろう。しかし王都のような場所では君のやり方など通用しない。だからママゴトと言ったのだ」

「それはつまり助けられないから見捨てるということですか?」

「助けるべき人間を見極めろというのだ。世に大きく貢献している人間が大病を患えば、それは助けるべきだろう。しかし自堕落な生活をおくっておきながら病を患った者はどうだ? そんなものに時間を割けば価値ある命が消えることになる」

「……あなたもイラーザさんと同じですね」

「なに……?」


 久しぶりに出たメディの圧だ。

 薬師としての力量から放たれるそれは並大抵のものではない。

 同行した護衛の白十字隊ヘルスクロイツが身構え、秘書のヘーステイは身を震わせる。

 レリックも寒気を感じたが、負けじとメディと対峙した。


「あなたは自分の仕事に誇りを持てないんです。言い訳して楽になろうとしてるだけです。一番苦しいのは患者さんなのに、全力で仕事に取り組まない……。治癒師という肩書きで満足してる」

「貴様ッ……!」


 レリックは対等に並び立とうとする者、もしくは上の者が許せなかった。

 だからこそメディの発言に逆上してしまう。

 メディは更に言葉を続けた。


「帰ってください。この村にあなたを必要とする人はいません」

「言わせておけば……。いいだろう、このレリックの実力を見せつけてやらんでもない」


 そう言い捨ててレリック達は去る。

 一方、悪魔のような形相と化したレリックの横で秘書のヘーステイがため息をついていた。

 来るべき時がきたかもしれない、と。

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