【cafe&bar あだん堂へようこそ】根倉陽太の出会い
神崎 える
アルバイト店員/根倉陽太の出会い
街の中にひっそりと佇たたずむ『cafe&bar あだん堂』には、日々、様々な人が訪れ、その店の店主、安壇征四郎を中心に多種多様な現代ドラマを紡ぎ出している。今日も一人の少年が彼のもとに訪れようとしている。
キィーーーー。
甲高く軋む音と共に、店のドアがゆっくりと開く。
「いらっしゃい、陽太」
ドアの向こうから、近所の高校に通っている彼、根暗陽太が顔を出す。
「どうも、
「そうだね。君は相変わらず、言い
そう答える白髪の彼は薄く苦笑いをしている。
「すいません、そういう性格なもので。そのせいでか友達は一向に出来ませんが」
彼は遠くを見つめながら、自嘲気味にそう答える。
「別にいいじゃないか、君の良さに気づけてない人たちのことは。私は君の良さを知っている、それで十分だろう」
すると、彼は少し頬を赤らめながら「うす」と返事をした。照れているのだろうか、そそくさとカウンターの横を通りすぎると裏に消えていく。
再び店内に一人となった彼は、何処か昔を懐かしむような顔をしながらぼそっと呟く。
「そういえばあの日も、こんなようなやり取りをした気がするな」
彼と出会ったのは、少なくなっていた調味料の買い出しに行った帰りだったと思う。店近くの空き地で制服を着た男の子が何人か
「だから、お前うぜえんだよ!」
周りにいた子がそう叫ぶと、中心にいる子に殴り掛かった。中心にいた子は必至に抵抗しようとしていたが、いかんせん多対一だ。勝てそうな様子は微塵も感じられなかった。
私は彼らに早足で近づくと声を掛ける。
「おい、何をしているんだ」
すると、近くにいた子が叫ぶ。
「なんだよ、爺さん。あんたには関係ないだろ」
突然の爺さん呼びに多少のショックを受ける。まあ間違っているとも言えないのだが。
「多対一で暴力をふるうなんて卑怯じゃないのか。私が学校に連絡する前に早くここから立ち去れ」
私がそう言うと、彼らは口々に暴言を吐きながら立ち去っていった。
「大丈夫か、少年」
一人取り残された少年に向けて、そう声を掛ける。彼はぷいっと顔を逸らし、その場から立ち去ろうとした。
「待ちなさい。私はすぐそこでcafe&barを経営している。一杯だけ飲み物をのんでいかないか。勿論、お代はいらない」
私がそう言っても彼は少しの間ごねていたが、何とか説得して店に連れていくこととなった。
店に着くとドアを開け、彼を中に招く。
「いらっしゃい!」
カウンターから笑顔の少女が元気よく声を掛けてきた。
「ただいま。店番ありがt……」
「征四郎さんじゃないですか!おかえりなさい。目当てのものは買えました……あれ、その子は誰ですか?」
息もつく暇もなく喋り続ける、天真爛漫をそのまま具現化したような彼女は、佐藤由紀。今年大学生になったばかりの少女である。彼女の勢いに圧倒されてか、少年は呆気に取られていた。
「ちょっといろいろあってな。この少年に何か飲み物を出してもらえないか」
「分かりましたー。何がいいですか?」
少年はどうすればいいのかわからない、といった顔でこちらを見てきた。
「何がいい?大体のものはそろっているから、何でも言ってくれ」
「……じゃあ、アイスコーヒーをお願いします」
「よし、わかった。少し待っててね。……あ、シロップとかミルクいる?」
「いえ、大丈夫です」
高校生なのにブラックのコーヒーを飲むのか、と少し感心する。彼が所在なさげにしていたのでとりあえずカウンターへ案内した。
とりあえず買ってきたものを倉庫に片付けに行き、制服に着替えるとカウンターに戻る。ちょうどアイスコーヒーも作り終えていた。
「由紀ちゃん、ありがとう。帰りにバイト代渡すね」
「いやいや、バイト代なんていらないですよ!好きでやってるだけなんで。……何かお礼したいってことだったら今度デート連れてってくれればいいですよ?」
彼女はにやっと笑いながらそう答えた。彼女からはたびたびこういうアプローチを受けるのだが、最近はなるべく相手にしないようにしている。
「考えておくよ」
「前向きに検討の程、お願いしますね」
彼女はそう言うと裏で休憩してきますねー、と言って駆けていった。恐らく、二人きりになるように気を使ってくれたんだろう。彼女のこういう気遣いには本当助けられている。
「さて少年、何があったんだ?」
私がそう言うと、彼は顔が強張った。言いづらい事であるのだろう。やがてぽつりぽつりとしゃべり始めた。
どうやら、始まりは彼の一言だったようだ。
体育のバレーの授業中にやたらと仕切りたがる子に、「下手なのに何でお前が仕切るの?」と言ってしまったらしい。その日からその子との関係が悪くなり、徐々にその子の友達からもちょっかいを出されるようになった、と。
さっきは散歩していたら、偶然、彼らと遭遇してしまい絡まれてしまったらしい。
「先生には?」
「……言ってない」
「言いたくないのか」
彼は黙ったまま首を縦に振った。まあ、その気持ちは理解できる。私自身、若い頃は人に頼るのを恥ずかしいと思い、なかなか頼ることが出来なかった。彼も恐らく同じなのだろう。
「見返したいと思わないのか?」
「どうしようもないから、もういいよ。我慢してればいいだけだし」
彼は何でもないように言うが、納得してこの結論に達したわけじゃないだろう。恐らく諦めただけだ。そんな彼と昔の自分が重なって見えて、彼のことをこのまま放っておくことなど出来そうになかった。
私はあることを思いついていた。
「一つ、提案がある」
「……と、そういうわけだ。こいつを強くしてやってくれないか」
町はずれに立つボクシングジム。私は彼を連れてやって来ていた。
「ふん、お前の頼みなら断れねえな。立派に育ててやる。坊主、覚悟しろよ」
彼は私の旧友だ。強面で会う人にたいてい恐れられるが、実際のところは優しい。休みには家族サービスも欠かさない良いやつだ。
それを知らない彼は顔が引きつっていたが、何とか声を絞り出す。
「よ、よろしく……お願いします……」
「おう、まかせとけ!」
ぐっ、と親指を突き上げる。彼も「ほら」と言われて同様にすると、強くこぶしをぶつけ合った。
「んじゃ、あとは任せた。頑張るんだぞ……ええと」
いったん言葉を詰まらせた。そうだ、まだ聞いてなかった。
「君の名前、なんだっけ」
「根倉です。根倉陽太」
「そうか。頑張れよ、陽太」
私はそう言うとボクシング場を後にした。急いで片づけをしなければ、夜の営業に間に合わなくなる。
19:00からバーの営業が開始する。準備を済ませしばらくすると、陽太がふらふらとおぼつかない足取りで店にやって来た。
「お疲れ様です……」
陽太は来るなりそういうと椅子にドカッと座り込んだ。
「どうだった?」
「めっちゃ大変でした……」
本当に疲れてうなだれている様子の陽太を見ると、何故か笑ってしまった。
「なんで笑うんすか!」
「いやいや、申し訳ない。そうだ、あいつ良いやつだっただろ」
「いい人でしたけど手加減はしてくれませんでした」
「はは、そういう奴だからな。どうだ、続けられそうか?」
「分かりません。でも、汗かくまで体を動かすのは……その、まあ気持ちよくはあります」
「そうか」
つい頬が緩んでしまった。まだ出会って一日も経ってないのに、すでにかなり陽太のことが気に入っているのだろう。
「そうだ、何か飲み物は欲しいか」
「なら、スポーツドリンクを……ってか俺、飲み物代もトレーニング代も払ってません。払うんで値段、教えてください」
陽太ははっと気づいたかのように言った。だが、その質問の返事はもう考えてあった。
「そのことなんだけど、良かったらこの店で働かないか?勿論、バイト代は出す。お金は給料から随時徴収っするってことでどうだい」
陽太はその提案を聞いて、少し悩むような様子を見せると、
「分かりました。ただ、テスト期間とかは休みをもらうかもしれません」
「問題ないよ。じゃあ、よろしく頼むね」
そういうと手を差し出す。陽太はすぐに手を伸ばし、強く握ってきた。互いに、少し微笑みあう。
「ところでなんですけど――」
手を離し、さて、と言ったところで陽太が声を掛けてくる。
「――この店って客、少なくないですか?」
彼は裏に行くとすぐに汗の付いた服を脱いだ。
新しい服に着替え、店の制服を纏うとスマホに動画配信アプリの通知が来る。スマホを取り出し、題名を見ると『湯呑せらぴの雑談会』と書かれていた。
「あーあ、バイトさえなければ見れたのにな……」
その時、お客さんがやってくる音が聞こえた。スマホを急いで鞄にしまうと裏から飛び出して大きな声で言った。
「いらっしゃいませ!」
【cafe&bar あだん堂へようこそ】根倉陽太の出会い 神崎 える @kawazukoada
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