第6話 雨粒が降る


「きいちゃんは付き合ってる人いるの?」

「彼氏と一緒に住んでるよ」

「結婚はするの?」

「いつかはするけど、今はまだいいやってかんじかな」

「私が言うのも変なんだけど…大丈夫?」



梅雨ちゃんの声が不安そうに揺れる。

背徳感にも似た罪悪感を抱いてること。

どう認めてほしいのかも伝わってくる。



「きいの彼氏もね、梅雨ちゃんの旦那さんと同じようなことを言ってた。『女の子の代わりには絶対なれないし、満たされる部分がぜんぜん違うだろうから』って…心で触れあいたい相手は、理屈で制御できるものじゃないもん。それを許すかどうかは、それぞれで話しあって決めなきゃいけないことだから」


「やっぱり…そうだよね」


梅雨ちゃんの言葉は、わたしへの同意というよりも、自分を納得させるためのものだった。繋いだ手に力が入ったのを感じる。



「梅雨ちゃんが望むなら、きいは友達になれるし、相談相手にもなれるし、一緒に好きな映画を観て、ご飯を食べにいくこともできる。女の子としたくなったら身体を満たしてあげることもできる。都合の良い関係ってそういうものだもん」



わたしと彼氏、梅雨ちゃんと旦那さん。

全員が認めあって、はじめてひとつになる。

そして、それぞれが幸せになれればいい。

家族にも恋人にも似た、不思議な関係性。


「きいちゃんの彼氏さんが他の人と付き合うっていったらどう思う?」


「何がほしいのかによる。どんなに頑張ってもきいが埋めてあげられないものなら仕方ないもん。でも秘密にしたり隠したりするのなら良くない。その人が彼のなにを埋めてくれてるのかは知っておきたいな。それに対して、世の中がなにをいってくるかは知らないけど、世の中だってわたしたちのことはなんにも知らないでしょ?」

「周りの意見は気にしないってこと?」

「まったくってわけじゃない。だけどそれを気にしてたらキリがないから。見えない他人の声よりも、一緒にいる人との時間のほうが大切だから」



安心したような吐息が、梅雨ちゃんの口から漏れたのが聴こえた。



「きいちゃんは…なにを求めて私を誘ってくれたの?」

「最初はぶっちゃけ下心かなあ。でもね、きいだって女の子に手当たり次第噛みついてるわけじゃないんだよ?梅雨ちゃんと一緒にいるのが心地良かったからだよ」


「私も…」


梅雨ちゃんは咄嗟に言いかけて恥ずかしそうにまた唇を噛んで黙ってしまう。可愛くてまた意地悪したくなる。やっぱり『無自覚タラシ』だよね。



「もし、また梅雨ちゃんが遊んでくれるなら…今度はピアスを分けっこしたいな。つけなくてもいい。きいはなにかをわけあうのが好き。愛情も家族も身体も心も、ぜんぶ大切な人と分け合いたいなあ」



一時的におなじ軒先で雨宿りしている他人同士みたいに身を寄せあって、そして都合よく満たされたら、それぞれ行くべき場所へ向かう。でもその気になるまでは、甘ったるく降りつづく雨の香りのなかで、誰かと触れあっていたい。



「きいも帰ったら彼氏に話そうかな。久しぶりに可愛い友達ができたんだって。彼はね、料理がとっても上手なんだよ。特にカレーが美味しい。なんだか凝ったトマトソースからつくってる。きいは料理できないから尊敬してるんだよね。よかったら今度食べにおいでよ」



梅雨ちゃん表情がぱっときらめいた。それが今日一番のいい笑顔だったのがなんだかちょっと悔しくて、覆いかぶさってまたキスの雨を降らせてやった。



緊張が取れてきた柔らかい肌。

気が抜けてふわふわとした表情。

甘えながら幼くなっていく言葉。

演技が抜けた素直な反応も声も。



すべてをむさぼっているうちに

優しい体温で、心が満たされていく。



梅雨ちゃんとのキスはやっぱり甘かった。

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