第7話 家族とふたり


「ゆず、今日はどこいくの?」

「梅雨ちゃんとデート」

「そか。行ってらっしゃい」

「はぁい」



いつもの彼の唇が額に触れる。

いつもみたいに笑って家を出る。

いつもみたいに梅雨ちゃんと会う。

いつもとおなじ場所での待ち合わせ。



柚稀ゆずきが「きい」になる瞬間。



今日の梅雨ちゃんは、なんだかいつもよりも可愛かった。2本の三つ編みが首元でゆらゆら揺れているせいだ。猫みたいに擦りよって近くでみると、それがどれだけ繊細に結われているかがよくわかる。梅雨ちゃんは不器用だから、こういうことは自分ではやらないだろうな。


「梅雨ちゃん、かわいいねえ」

「ありがとう」

「旦那さんにやってもらったんだ?」

「最近は毎日練習台なんだよねえ」

「結果的に梅雨ちゃんが可愛いならもーまんたい」



三つ編みだけじゃないよ。

にへっと照れたように細められた瞳も。

薄くてやわらかくて綺麗な唇も。

ぜんぶ、ぜんぶ可愛い。



梅雨ちゃんが「あ」と思い出したような声をあげて、鞄から小さな包みを取り出した。


「これ旦那からきいちゃんにプレゼント」

「わ、試供品?ありがとうって言っておいて」

「とりあえず使ってみて感想きかせてっていってた」

「それじゃあ、早速使ってみようか?」

「…今日?」

「ぎゅってしたらおなじ香りがするんだよ」


いいでしょ?と囁いて耳元をわざと掠めるように触れ、三つ編みの先っぽをくりくりともてあそぶ。くすぐったい、と小さく言いながら困ったような顔で笑う梅雨ちゃんがかわいい。



「今日は…へへ。どうしようね?」

「きいにそんなこと聞いたって、いつもおなじことしか言わないでしょ?わかってるくせに。それとも、誘ってる?別にきいはこのまままっすぐホテル行ったっていいんだよ」


下から真っ直ぐ見つめられると恥ずかしい、っていつも言うからわざとそうして真っ直ぐに質問する。


寒さでほんのり桃色だった頬が、明らかに彩度をあげていく。唇の端を噛み締めて一瞬だけ迷った梅雨ちゃんは、ぶんぶんと頭を振って決意の眼差しではっきり言った。


「…だめ。今日はまずパスタ食べるって決めてるんだから」

「はいはい、わかったよ。それじゃ行こう」



いつも通りの柔らかい手をとる。ふたりの右手と左手が結ばれたとき、それぞれの愛情のかたちがカチャリと触れ合う。



きいには彼がいて。

梅雨ちゃんには旦那さんがいて。



お互いに家族のことが大好きだからちゃんと隠さないで遊ぶ。何も知らない人は「都合のいい関係」と呼ぶし「セフレ」とも呼ぶかもしれない。


わたしと梅雨ちゃんとそれぞれのパートナー。みんなで築くのは「ポリアモリー」という名前の少し変わった家族のかたち。かたちに正解なんてないんだから。


楽しくて、幸せで、安心で、愛情に満ちていて、隠し事もしない。わたしたちはこれからも愛すべき家族、愛すべき友人で、愛すべき恋人。



それがわたしたちのかたち。



いつか認められるなんて悠長なことは言ってられない。「今、この瞬間」に生きてるわたしたちが、一番幸せになる方法を考える。だって「今」は「今」しかないんだもん。


たとえ世の中に理解されなくても、わたしたちがそれで満たされるなら、それでいいって思う。甘く満たされて混ざりあったひとつの家族。わたしたち家族は、そうやって幸せになっていくんだ。

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