第5話 梅雨の欲しいもの


ひと息ついたあと、梅雨ちゃんが落ち着かない様子で身体を揺らしはじめた。言葉を探して、まんまるな目がきょろきょろと忙しなく動かしている。



「きいちゃん、あのね」



ひとまず出したような言葉。しばらく待ったけれど、どうにも梅雨ちゃんが言いたいことは喉元からうまく出てきてくれないみたい。別に上手に言おうとしなくてもいいのにね。


静かな空気の合間を、カシッカシッという小さな音が繋いでいた。みると、梅雨ちゃんが爪先を削るように弾いている。不安なときのクセなのかな。せっかく綺麗な指先なのに。その手を守るように包みこんでから、質問を投げかけた。



「梅雨ちゃんはなにが欲しい?家族?恋人?性欲を満たしてくれる人?友達?それとも相談相手?」


「ぜんぶ、欲しいよ」



不意に飛び出た本音に、梅雨ちゃん自身も驚いたのか、口をぱっと手で覆ってしまった。そして申し訳なさそうな表情をしながらも、水滴のような言葉をポツポツと降らせはじめた。



「私は昔から女の子が好きだったんだよね。男の子も好きになるけど、どちらかというと、やっぱり女の子のほうで。一緒にいるとなんだか安心できたから。でも同時に『家族』ってモノに強い憧れがあって…大学を卒業してすぐに彼氏と結婚したの」


「もちろん恋愛はしたよ。私は旦那のことが大好きだし、旦那も私のことをいつも大事にしてくれる。今でも毎日抱きしめてキスしてくれる。夫婦生活だってちゃんとある」


「でも、なにか、なにかが足りなかった。満たされなかった。ついに我慢の限界がきて…どう思われてもいいや、ってヤケになっちゃって旦那に正直に話したの。女の子と触れあって遊びたいって」



そこでようやく一息ついた。ぽこぽこ言葉が出てスッキリしたのか、いくらか表情が緩んでいた。



「そしたら言ってくれたんだよね。心が満たされることをしたらいいよって。でも危険なことだけはしないでねって。はじめは、女同士だからって理由で、気軽にそう言ったのかと思ったけどそうじゃなかった。『俺には女の子の代わりはできないから』って」


「…そうだねえ」


「パートナー以外と、そういう風に遊びたいっていうのを許してくれるなんて珍しいことだと思う。でも、いざとなるとなかなか行動できなくて…それでようやく昨日バーに行ってみたの。声をかけるのだって緊張したけど、きいちゃんが笑い返してくれたから、すごく嬉しかったんだよ」


「おうちに帰ったら…旦那さんに、きいのこと話す?」


「…うん、話すよ。きいちゃんっていう女の子と一緒に過ごしたって。おしゃべりを楽しんで、お酒も呑んで、それから私の身体を大事に触ってくれて、優しくキスしてくれたことも。また会いたいと思ったことも」



そして梅雨ちゃんは少し笑った。

愛情を噛み締める顔だった。

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