第4話 嘘つきの朝

ホテルのベッドって不思議だ。


スプリングは硬くてふわふわのタオルもないのに、家のベッドよりも気持ちよくて眠りやすい。だから疲れたときにすぐに寝ちゃう気持ちはよくわかる。



静かな寝息をたてる梅雨ちゃん。


子猫みたいに背中を丸めて、柔らかい手をきゅうと丸めて、長い睫毛が時折ぴくぴく動いて、口の端をすこしもごつかせて。



まるで子供みたいだ。


わたしよりもずっと子供みたい。梅雨ちゃんは寂しがりなんだろうな。肌に触れあって感じる温もりが、ほしくてほしくて、たまらないようなタイプ。もちろんわたしだって肌の温もりはすき。でも「それがないとつらい」のと「それがあると気持ちいい」は天と地ほど違う。


どのくらい普段の生活や心が満たされていて、どんなふうに育ってきたのか。小さな言葉筋や目線をちゃんと辿ればなんとなくわかる。梅雨ちゃんは愛情と安心がたくさんほしいタイプかな。



もっちりとした頬を撫でると「んぅ」と気の抜けた声がこぼれた。可愛い。ずっと眺めていたいところだけど、チェックアウトは9時。仕方ない。


布団のなかで、もそもそと梅雨ちゃんに近寄り、すっかり体温を溜め込んだすべすべした肌に身体をくっつける。ああ、気持ちいいなあ。肌も、布団も、過ごしやすい部屋の空気も、動き始めた街の音も。ずっとこうしていれたらいいのにね。



「梅雨ちゃん、起きて」


背中を撫でながら声をかけると「ん〜」と顔を顰めて、反抗的な寝顔をみせた。寝起きが悪いのかな。それもそれで可愛い。


「つーゆ」

「んん…」

「ほら、起きて」

「んむぃ」


言葉にもなっていない声を出しながら、顔を背けてしまった。それならこっちはこう。綺麗な首筋に、かぷりと噛みついた。途端、電撃を受けたように小さな悲鳴をあげて梅雨ちゃんの身体が跳ね、丸い目をぱちくりとあけた。


「あっ…」

「おはよ、梅雨ちゃん」

「お、おはよう」


梅雨ちゃんは、まだ眠そうな目でわたしの身体をみて、それから自分もおなじく裸であることを自覚して、恥ずかしそうに布団を引き寄せ、少しでも隠そうとした。そんなの無駄なのにね。



「いま、何時…?」

「えっとね…8時だよ。そろそろお風呂入って着替えて準備しなきゃ」


それを聞いて、ベッドのうえにようやく起き上がってきた梅雨ちゃんのぼんやりとした無防備な顔が可愛らしくて、不意打ちでキスをした。


梅雨ちゃんが驚いて少しだけ身をひく。それを追いかけるようにして何度もついばむように唇を重ねた。こてんとバランスを崩して、背中からベッドに倒れてしまった梅雨ちゃんに覆いかぶさって、何度もキスを降らせる。



せっかく起き上がったところをごめんね。

だって可愛いんだもん。



「き、きいちゃん、まって」

「起きた?」

「起き、てる、起きてるよ」

「じゃあ、ちゅーできるよね」

「き、きいちゃ」

「なぁに」

「チェックアウトは9時なんでしょ?だから、あの、もう」

「ごめんね、きい、嘘ついた」

「へっ?」

「今は6時。だからまだ大丈夫」


まだ大丈夫。その言葉の意味がわかった梅雨ちゃんは、苺みたいに頬を染めた。


「やだ?」

「う…」


悔しそうな、せつなそうな表情で唇の端を噛みながら目を潤ませる。わたしはサディストじゃないんだけど、やっぱり梅雨ちゃんの仕草には加虐心が煽られちゃうな。


「嫌なの?それじゃ、もう…」


そういってわざとらしくしょげたフリで身体を引いてみれば、追いかけるように梅雨ちゃんの腕が動き、わたしの手を掴む。咄嗟の行動に梅雨ちゃん自身も少し驚いたみたいだった。



ああ、本当に素直で可愛い。



掴まれた手を握り返しながら、今度はちゃんとしたキスをして、少し寝癖のついた髪の毛をやんわりと撫でた。すっかり一緒の体温を共有しているベッドの中で、再び柔らかい肌を抱き寄せあった。

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