第3話 陶器のような美肌

 習い事の話で愛想尽かされたという事は無く、翌日も迎えの時間になると、私の周りには、沢山の幼稚園ママさんが囲んで来た。


「ニヤちゃんは、ママ似なの?パパ似なの?」


 千夏ちゃんママが近付いて、ニヤと私を見比べた。

 今日の話題はそれですか?


「長女って、父親似が多い気がするけど、ニヤは私に似ているの」


 私の顔に注目してもらうには、丁度良い話題かも!


「そうなの?ニヤちゃんママ、すっごくキレイにお化粧しているから、お化粧前の顔に似ているのかしらね?」


 素を隠しているようなニュアンスで嫌味っぽい珠美ちゃんママ。

「私、シミ、そばかすがスゴイから、お化粧は念入りにする派なの」


 そう、今日は、いつもよりずっと念入りにしている!

 いつもは、今日みたいに、私の顔を凝視してないから、幼稚園ママ達は気付いてないかも知れないけど。


「そんな風に全然見えない。本当に玉のように白くてキレイな肌で羨ましい」


 美春ちゃんママは、お世辞が上手なタイプで、他の幼稚園ママ達よりは、嫌味に感じさせない。


「でも、けっこう、厚塗りよね?ファンデーションの減り早くない?」


 私が褒められるのはシャクに触るらしい珠美ちゃんママが、私の顔を覗き込んでマジマジと熟視しながら言った。


「そうなの、それが悩み」


 素直過ぎるくらいに言っておいた。


「ママは、お化粧するの、すっご~く時間がかかるの!」


 ニヤが、打ち合わせしていた通りの絶妙なタイミングで、私達の会話に口を挟んでくれた。

 我が子ながら、良く出来た子!


「ちょっと、ニヤ、余計な事を言わないで!」


 さっきまでの声と同一人物と思えないほど、声を張り上げて、顔も鬼の如く険しくさせながら怒鳴った。


「えっ、ニヤちゃんママ、急にキレてどうしたの?」


「それくらいの事で、何もそんな怒らなくても」


 私の剣幕により、幼稚園ママ達が驚いたのはもちろんの事だけど、その剣幕に圧倒されて、思わずニヤを庇いたくなるほどだった。


「あっ!」


 ママ友達が皆、別の驚きが込み上げて来た表情に変わり、遠慮気味な声を出した。

 

 その時、私の計算通り、今朝、とても丁寧に塗り固めたファンデーションにバキバキとヒビが入り、部分的にパラパラと落下したのだった。


 「ニヤちゃんママ、大丈夫?」


 心配そうというより好奇心丸出しにして、ファンデーションが禿げまくっている私の顔を凝視する幼稚園ママ達。


「ううん、全然大丈夫じゃない!こうなるから、私は人前で怒りたくなかったの!」


 人前でファンデーションが禿げてしまって、もうヤケになったようにイライラ満開にさせた。

 二重に塗ったファンデーションの外側が禿げ、内側にはわざと手描きでシミやそばかすに見えるように目立たせていたが、それが私の素肌だと勘違いした幼稚園ママ達が、同情したような視線になっている。


「そうだったのね~、あの天使のような微笑みの裏には、こんな重大な秘密が隠されていたなんて」


「ご実家は農家だったのかしら?それほど、シミやそばかすが多いのは、厚塗りしまくって隠すのも大変よね」


「ファンデーション代もバカにならないから、子供の習い事にかけるお金が無くなっても無理は無いのかも」


 私は知っている!


 幼稚園ママ達は、自分を優位に立たせてくれるような立場のママには、とても優しくて親切な事を。


 だから、今回の一芝居で得られたこの同情票で、私とニヤは卒園まで穏便に過ごせる切符を手にした事になる!

 私は、ファンデーションが落ちた顔を恥ずかしそうに下に向け、両手で隠しながら、ちょうど目が合ったニヤにウィンクをした。


 翌朝から、ママ友達は私の周りに群れる事も無くなり、挨拶のみという関係に戻っていた。


「おはよう」

「こんにちは」

「さようなら」


 この簡潔な挨拶で済ませるという、適度な距離間の心地良さを改めて再認識させられた。


 あ~、なんて素晴らしい解放感!

 極楽、極楽!


 その為ならば、少しくらいの汚名など、全く取るに足らない事!

 さあ、環境は整った事だし、残りの幼稚園生活、私もニヤもエンジョイしましょう!

 

       【 完 】

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