#27 もう少しだけ君の肩を借りてもいいかな?



八月一日。

いよいよ秋乃(と思い出したくはないが花月雪)の新曲の発売日。

秋乃はマネージャーやら事務所のスタッフが訪ねてきて、昼過ぎからずっと会議をしているために、今日は俺一人でバイトに行くことになった。

ああ、清々せいせいする。



レッスンの始まる前に少しだけ時間をもらった。

人前で話すのは得意ではないし、むしろ苦手なほうなんだけどな。

内容は『君が味方なら僕は負けてもいい』のダンスの振付を、誰でも踊れるように直したから見て欲しいというもの。



トラウマは残っているが、秋乃のおかげで多少ながら踊れるようになった。

スマホで掛けた曲に合わせてダンスを披露する。



ほぼ全員が唖然あぜんとしていた。



まさか俺が踊るなんて思ってもみなかったんだろうな。かたくなにダンスをすることを拒否していた俺が、それもこいつらの前で振付を披露するなんて。以前なら絶対にあり得ないことだったから。



「えっと……春高くんはそれを見せてどうしたいんですか? 目的がいまいち分かりません」

「本来なら秋乃本人が頼むべきなんだろうけど、みんなが秋乃のことをどう思っているのか未知数だから俺が代わりに——」

「私がもし秋乃さんを嫌いだったら? どうします?」

「……それでも俺はお前しか頼れん。夏音、頼む。手伝ってくれないか?」

「はぁ……春高くんがお願いなんて珍しいですね。分かりました。私からみんなにさりげなく意図を説明しておきます」

「ありがとうな。すげえ助かる」



と、スクールの始まる前に事前に電話で話をしておいたこともあって、夏音がメンバーを纏めてくれていた。

夏音は、あの告白以来俺とはあまり話さなくなった。

仕方のないことなんだよな……。でも、頼みは聞いてくれた。

申し訳ないとは思っている。



ざわつく空間に掛かる『君が味方なら僕は負けてもいい』の楽曲。流れた瞬間扉が開いて父さんが入ってきた。

タイミングが悪い。みんな気を取られちゃったじゃん。



でも、すぐにみんなの視線は俺に戻る。



簡単に直した振付は、小学生でも踊れるレベルまで下げた。それとデュオの振付をソロでも踊れるようしたから踊ってくれよな……JCとJKの皆様方。



振付は二種類あって、一つ目はマジメなパターン。続けておふざけのパターン。



「ええっと……おふざけの方の振りはいいと思いますけど、マジメな方はちょっと難しいかもしれませんね」

「……それマジで?」

「はい。TikTakを見たことありますか……? そんなキレッキレで踊っている人……たまにいますけど、ターゲットを一般の人に絞るならもうちょっと単純にしないと流行らないと思います」



夏音の周りの子も頷いている。

っていうかあれ、なんで俺みんなに囲まれてんの?

振付教えて欲しいとか。いや、お前らなら習わなくても普通にできるだろ。



「春高さんのダンスいいですね!!」

「あたし覚えてTikTakに上げますね!!」

「夏音の言うことも一理あると思うから、振付みんなで考えよう?」

「いいねそれ! 春高さんも一緒に」



いや……スクールそっちのけでいいのかよ。

父さんなんか口出しできずに立ち尽くしてるじゃねえか。

頼りないけど、それでも一応インストラクターなんだよな?

勝手にチーム分けして、考えた振付を披露する会みたいになってるじゃん。



「父さん、いいのかこれ?」

「充希に内緒で……なら、いいけど。いや、ダンスはダンスだし、楽しければいいんじゃないか?」

「イベントって今月末じゃないの? 絶対に怒られると思うけど?」

「……そのときは……春高……頼む」



頼むって。

子どもに仕事の言い訳させる父親もどうかと思うけど、俺的には助かるからよしとしよう。

それに俺が巻き込んだんだから仕方ないよな。



で、父さんまでみんなに混じって振付を考えているところに、まさかの母さんが登場して父さんは蛇に睨まれた蛙状態。イベントのダンスの振付自体は終わっているけど、フォーメーションの位置決めが中途半端だったらしく、呆れた母さんはスタッフルームに父さんを呼び出して説教。ごめん。力になれなかった。南無。



「す、すみません。遅れちゃいました」

「遅えよ。そもそもお前の曲の振付のことなんだからな?」

「だからごめんって。打ち合わせがあって、わざわざ東京から事務所の方が数名お見えになっていたの」

「みんな協力してくれるってさ。せいぜい額が擦れて頭蓋骨が剥き出しになるくらい土下座して感謝しろよ。それと、俺にはアイス一年間分な?」

「は? みんなに土下座はともかく、なんで春高にアイスおごらなくちゃいけないのよ」



いや、土下座はいいのかよ。っていうツッコミを入れている場合じゃなくて。

それぞれのグループが壁一面の鏡に向かって自分たちで振付を考えている。

すげえ楽しそう。



「みんな……ありがとう」



結果、グループごとに発表し合うことになった。

全部で四チーム。それぞれが『君負け』の曲に合わせてダンスを披露する。

どれもいい感じだ。



いつの間にか、母さんと父さんも後ろからその様子を眺めていた。



「夏音の振付がいい感じなの! 春高くん、秋乃ちゃん、見て!」



夏音はどこのチームにも属さずに個人で考えていた。いや、陰キャだから打ち解けられないとかじゃないからな?

夏音はアスリート並にストイックで、スイッチが入ると周りの声が聞こえなくなるタイプの人間なんだよな。それで、夏音なりに本気で考えてくれたみたいだ。



夏音の披露したダンスは、うん、すごくいい感じだった。

秋乃が絶賛するくらい、夏音の振付はカッコいいしカワイイ。

これなら、もしかして。



「夏音ちゃん成長したね。自分で考えるダンスも大事だから」



母さんにも太鼓判をもらって、夏音ははにかみ、ちゃっかり母さんも振付を作るみんなを生暖かい目で見ていた。



結果、夏音の考えたダンスが採用されて秋乃が夏音の隣で踊ると、拍手喝采だった。

そうして、みんなで夏音の振付したダンスを覚えてTikTakにあげてくれることに。ただし強制力はなく、やってもいいという人だけ。



その夜、大半の子がTikTakやインストグラムに動画を上げはじめた。

ある者は友達同士二人で駅前で撮った動画。

ある者は一人で海で撮った動画。

ある者は友達五人でイオンの前で。



夏音は……なんと秋乃と一緒にダンススタジオで撮った動画を上げた。秋乃自身も夏音と一緒にしたいと言って。



その日はバズる……こともなく、うちのダンススクール界隈のみ異様な盛り上がりを見せていた。

まだまだ、これからだ。

これが拡散されて、うちの学校の生徒たちから他校の生徒、それから県、全国と広がりを見せてくれたらいいなという期待を込めて……。



帰ってきたのは結局二二時頃。

結構疲れたな。



「みんな優しいね」

「お前が凶暴過ぎるだけだろ」

「みんな優しいね。春高以外は」

「……俺、お前のために人肌脱いだだろ。優しさの筆頭はまさしく俺だからな?」

「感謝してるって。何度もお礼言ったじゃん。でも、勝てるかな。勝てなかったらヤバイよね。いてもたってもいられないから、ちょっとカラオケ行って一人でボイトレしてこようかな」

「なあ、ちょっとだけ星を見に行かないか?」

「は、春高がナンパするなんて」

「誰がナンパだ、ごらッ!!」

「星見に行かないか? なんてラノベ脳の、それもラブコメ特化君でもそんなセリフ吐かないよ?」

「じゃあ行かん。絶対に行かねえからな」

「わぁーーー星見に行きたいなぁ。春高さま、わたしを連れ出して〜〜」

「その人を馬鹿にした演技がムカつく。俺はもう寝る」

「お願い、嘘だから、行こうってば」



家から少し歩いて、小高い丘の上に立つ神社までやってきた。

眼下に広がる町の明かりは東京ほど煌々こうこうとしておらず、よって光害は少なく満天の星が見られる。



「へぇ。静かだね」

「虫の声しかしないからな」

「なんでここに来たの?」

「一度だけ家出したことがあったんだ」

「春高が?」

「ああ。ガキの頃ダンスの大会で、例の事故の後に。もうダンスができないっていう事実に絶望して家出したんだ」

「……そうなんだ」

「家を飛び出して、この神社まで来たんだけど、そのときもこんな真夏だったな。すげえ泣いて悔しくて。ちょうどこのあたりの階段に座って空を眺めたら、こんな空だった」



深い藍色の空に吹き付けたラメのような星辰せいしんの瞬く夜。

それまで星を見ようとか、静寂に耳を傾けてみよう、なんてことは思ったことがなかった。

結局、余裕がなかったんだよな。



「うん。本当にキレイ。東京じゃこんな空見られなかったなぁ」

「だろ? ガキなのに、ダンスが上手くなりたいだとか、大会で優勝したいだとか。心がいつも疲弊したように何かに追われていたんだろうな。周りを見る余裕なんてなかったし、空を仰ぐことなんてなかったんだ」



結果、あの事故が起きた。

何をムキになっていたんだろうなって思う。



「秋乃も今、多分似たような気持ちじゃないか? 難しいかもしれないけど、少しくらい空を見るくらいの余裕があってもいいじゃねえかなって。ふと思ってさ」

「……うん。ありがとう」

「それに、『君がいれば僕は負けてもいい』んだろ?」

「その『君』が春高?」

「……悪かったな。さげすむなよ。いや、俺でって、そうじゃなくて」

「別に春高で悪くないよ。むしろ——」

「もし花月雪に負けたとしても」

「うん?」

「お前の歌とダンスを奪う権利は誰にもない、ってな。それが言いたかっただけだ」

「充希先生の受け売りじゃん」

「だな。俺、あの言葉で救われた気がしたから」

「ねえ、もしかして熱とかある?」

「は? ねえよ」

「なんでそんなに優しいの? 逆に怖いんだけど」

「実はお前の推しというのは仮の姿。実は……未だにユッキー推しで油断させておいて背後からぐさりとトドメを刺すつもりだから心配するな。優しさはその伏線だ」

「はいはい。照れ隠しをどうも」

「照れてねえよ」

「ありがと」

「? なにが?」

「わたしに余裕がないこと知って連れてきてくれたんでしょ?」

「違う。俺が見たかっただけだ」

「そういうことにしていく。でも、嬉しかった」




星のきらめきが聞こえそうなくらい、空は静かだった。




ふと、秋乃が座る距離を縮めてきた。


え?


俺の肩に頭を乗せてきて……。



距離が近くないか?



ふと俺を見る秋乃のその瞳に映る星空は、ガラス細工のようにキラキラしていた。

ガキの頃好きだったユーナの面影が残る。



ああ、そうか。俺、近視が進んでいて間近で秋乃の顔を見たことがなかったから気づかなかったんだな。

押し倒されたときも、こんなに余裕はなかったし。



俺……まだユーナのこと。




「春高……」

「な、なんだ?」

「わたし、君のこと……」

「え……?」




俺は秋乃が嫌いだったはずなのに、ずっと胸の中でくすぶるように淡い感情が揺らめいていて。

夏音の想いにも気づいていたのに見ないふりをしていた。

あの事故のあと、俺には夏音しかいない、と勝手に思い込んでいた。

当然、恋愛感情ではなく、ていよく話せるコミュニケーション相手としてだ。

だから、言葉悪く言えばなつかれているのを利用していたことになる。

しかし、振った後、夏音は気安く俺に話し掛けなくなった。一線を置いたように距離感を保ち、俺を突き放したのだろうな。

振られた相手なのだから、当然のことだと思う。



振ったのは、恋愛感情がないのに付き合うのは失礼なことだと思っていたし、それ以前に俺が恋愛なんてしてはいけないって思っていた。



もし、俺が恋愛なんてしてしまって幸せになってしまったら、あの少年に申し訳ないなんて思っていたんだ。

あの片目の見えない少年が今現在何をしているかなんて知る余地もないけど、事故の罪悪感を拭えずに、未だ引きずっていることは誰にも言っていない——言えないでいる。



だから、自分の気持ちにセーブしていた。



告白の後、夏音からあるメッセージが届いていた。



『春高くん見直しました。情に囚われずに振ってくれてありがとう。それと、約束してください。自分の感情に嘘をつかないで。好きな人には好きって言ってあげて』



それ以来、夏音から連絡を寄越よこすことはなくなった。



「ううん。さぁて。SNSに上げようかな」

「……なにをだ?」

「星を見に行こうってナンパされましたって」

「お前、そんなこと呟いたらマジで寝ているときに鼻から管入れて汚物流し込むからな?」

「キモすぎ。なにその発想。嫌がらせってレベルじゃないよね?」

「じゃあ、汚物じゃなくて牛乳でまけてやる」

「女の子に言うセリフなの? あぁ、なんでこんなやつ…………になっちゃったんだろ」

「ん? なんて言った?」

「幻聴だぜ? クソオタク殿」

「ああ、そうですか。アホ女」



いや、待て。俺の肩に頭を乗せたまま言うセリフなのかよ。

普通に考えたら、そういうのって恋人のやることじゃねえのかよ。



「重いんだが?」

「なにが?」

「あれ、おかしいな。スカスカのはずなのに肩に乗っかってる頭がこんなに重いはずないよな。もしかして、脳みその筋肉が発達しすぎて小さい割には重いとかか?」

「肩が軟弱なんじゃないですかね? 春高さ〜〜ま?」

「なんで俺の肩に頭乗せてんだよ」

「より掛かりたいから」

「は? お前の体幹が軟弱なんじゃないですか? 俺を座椅子と一緒にしないでくれますかね?」

「身体じゃなくて……より掛かりたい気分なの」

「……? どういう——」

「春高が悪いんだからね?」

「え?」

「優しいから。わたしのためにがんばってくれたし星を見に連れてきてくれたから。だから——」

「そ、そんなの」

「これはお礼だよ春高殿。とくとわたしにお近づきになれたことを喜ばしく思いたまへ」

「お前ぶっ飛ばすぞ……」

「嘘だよ。もう少しこうしていていい?」

「……し、仕方ねえから、もう少しだけな」



その後、秋乃と他愛もない話をして。



家に帰ると、飛鳥さんがニューチューブを見て愕然がくぜんとしていた。




花月雪の再生回数が未だに伸び続けているのに対して、秋乃のそれは……遠く及ばないものだったからだ。



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