#26 花月雪になんて負けたくないっ!!




七月三十一日。

いよいよ明日が秋乃のソロデビューの日となる。同時に配信されるMVの再生回数が花月雪に届かなければ秋乃は引退。

朝っぱらから母さんも父さんも、飛鳥さんも花月雪の曲とMVが気になるらしい。

秋乃も花月雪も先行配信をしていないし、情報を一切漏らしていない。



相手の出方を窺っているということなのか。



秋乃本人は随分と落ち着いていた。ジタバタしても仕方がないから、今日はゆっくりと過ごすと朝食時に宣言して、食べ終わると自室に戻っていった。



MVの撮影で力を出し切ったんだろうな。

見ていると、やけに疲れている……というよりも神経をすり減らしているように思える。



伽藍堂がらんどうになったリビングでロッキングチェアに揺られながらラノベを読むことにした。

暇だし。

しかし、暑いな。



「春高〜〜〜」

「ん? なんだ?」



離れに戻ったと思ったのに、秋乃がなぜかリビングの入り口にたたずんでいた。




「エアコンが壊れて暑くて部屋にいられない」

「はあ? お前なぁ。いくら破壊をつかさどる邪神の化身だとしてもこの時期にエアコンを壊すとか笑かしてくれる。お前の瘴気に触れて基盤が絶命したんだろどうせ」

「本当にキモい。ラノベの世界と現実世界の区別がつかないなんて可哀そうな人。暑苦しいのに無駄な比喩を挟まないでほしいわ」

「暑苦しいのはお前だ。この部屋はこの時間一人分の二酸化炭素排出量しか想定しておらず、お前が入ることによって無駄に気温が上がるし、それだけエアコンの電気量も増える。つまり、SDGsのぶち壊しだ」

「なにがSDGsよ。大して意味も理解していないくせに。そもそもエアコンを付けていてリビングの引き戸を開けっ放しのほうが無駄じゃない。ああ、分かった。ここを閉めると密室になっちゃうから怖いんでしょ。真夏だし、出るかもね〜〜〜。ほら、廊下の奥のあのアンティークの人形なんか無駄に暴れだしそうな雰囲気あるし?」

「馬鹿かお前。閉め切ると寒いんだよ」

「全然SDGsと関係ないじゃないッ!!」

「「ふんっ!!」」



と、まあ、いつものやり取りの後、秋乃はソファに腰を落としてじっとしてテレビを点けた。こっちはラノベを読んでいるのにはなはだ迷惑だよな。テレビがどんなにわめいても全く問題なく読めるけど。



でも、今日は違った。



ちょうど掛かった昼のワイドショーに……花月雪が出演していたからだ。

ノースリーブのセルリアンブルーのワンピースがやたらと目を引き、柔和な表情を浮かべたまま告知をしていた。



『明日いよいよソロデビューをする花月雪さんですが、MVの撮影が大変だったとかで?』

『はい。今までの私のイメージを払拭しようということで、周りに炎をいて、とにかく暑かったです』

『どのくらいの時間撮影に掛かったのですか?』

『夜の六時から朝の六時までですので、一二時間くらい。夜なのに暑くて熱中症に気をつけての撮影でしたけど、スタッフの方も汗だくで』

『なんだかすごそうですね。どういう場所での撮影だったのですか?』

『炎で円を描くっていうと分かりづらいかもしれませんが、火に囲まれていて、それで手筒花火で火花の雨を降らせての撮影でした』

『聞いているだけで暑いですね。今日は特別に花月雪さんの出来たての新曲、【毒焔どくえんまがう】のミュージックビデオをチラ見せしちゃいます。一緒にお願いします』

『はい』

『『どうぞっ』』



どくえん? ちりまがう?

和楽器を使った演奏から入る、『月下には雨。踊る妖狐』の初期の頃の曲に似ているな。

引きの、木片のくすぶる炎から徐々に奥にピントが合って、暗闇の中から和柄で着物生地の、それも真紅の色のドレスを着た花月雪の背中がぼうっと浮かび上がる。



それまでの花月雪のイメージとはかけ離れていた。

炎を使った撮影なんだから激しい曲かと思えばそうでもなく、しっとりと燃えるといった感じといえばいいのか。



アンビエントミュージックをイメージしている。スロウなバスドラとベースライン、ギターの音が一定のリズムで突出しない程度に静寂の中を奏でる。

なんて退屈な曲なのだろう。そう思った。

だけど、ASMRのような囁きに……なぜか心がざわつく。



しかし一転。



サビは燃え上がるような歌唱力で歌い上げ、火花の雨が散る中でのダンスは見事としか言いようがない。

これは……雰囲気に溶け込む属性の曲のくせに、サビは大胆に主張してくるメリハリのある楽曲。

ダンスナンバーにも使えそうで、SNSでダンスを披露しやすいように簡単にしているのか。


TikTakで踊るにはこれくらいでいい。誰にでも真似できる振り付け。決め顔で締めるサビの終わりはむしろ快感さえ覚える。



——それだけでニューチューブの再生回数は確実に上がるだろうな。



「……花月雪」

「いやいや。お前な。そんな心の底から怨恨えんこんを振り絞るような声でうめくなよ。マジでドン引きだからな?」

「ごめん。なんだか悔しくて」

「負けてねえだろ。お前の曲が負けてるなんてあり得ねえ」

「だって、花月雪の曲はもう一度聴きたいって思っちゃうよ。中毒性があるっていうか」

「弱気になんなよな。たった今、俺を罵倒ばとうしたあの秋乃はどこにいった?」

「……」

「そういえば、お前はテレビとか出ないのか?」

「出ない。というか出たら逆効果って社長に言われたの」

「むしろ、今から出てあいつに啖呵たんか切ってこいよ」

「炎上商法ってやつ?」

「ああ」

「夏休み明けに学校行けなくなるよ?」

「ふてぶてしく何食わぬ顔で行けばよくないか?」

「……他人事ひとごとだと思って」



俺は秋乃が嫌いだ。いや、嫌いだった。

今は、その毒気が薄れてまるで空気のような存在になっている。

居て当たり前とも言うべきか

そして情も移るといえばおかしな話だが、こいつがムカつくと俺までムカつくという連鎖反応が起きていることを、客観的に見ていて理解している。

怒りは伝播でんぱするというのは聞いたことがあるが、まさにそんな感じ。



花月雪のことが好きだった自分が憎らしい。なんて過去を否定しても仕方のないことだが、秋乃をおとしいれたことは絶対に許さない。

いや、待て。

秋乃のこと嫌いだったんだよな。



俺って単純すぎないか?



「じゃあ、俺が花月雪をこき下ろしまくって中指立てるだけのチャンネル開設してやる」

「できもしないことを……最近思うんだけど」

「? なんだ?」

「わたしと春高ってなんか似てない?」

「こ、今世紀最大の侮辱だ……俺がお前と似ているなんて。たとえこの首を落とされようとも全力で拒否してくれるッ!!」

「そろそろぶっ飛ばすわよ? いや、マジメに。花月雪はわたしとは正反対の性格だから。いつも勝ち気で負け知らず。勝つためには手段を選ばない至高の女王。表向きは陽光のプリンセスかもしれないけど、裏ではほんっとうに氷の女王だからね? 絶対に春高とは性格的に合わないと思う。だからもし、今後関わるようなことがあったら無視してね?」

「まるで秋乃のような奴なんだな……」

「……冗談抜きで、わたしが冷たい氷の女王だと思ってる? 今でもそう思う?」

「いや。それはオータマのキャラづくりだな。お前は女王というよりも下働きの召使いがお似合いだ」

「下働きかどうかはいいとして、花月雪は本当に厄介な人だよ? 勝つためには手段を選ばないから。春高は絶対に近寄らないでほしい……かな」

「まさかあの花月雪と会うなんてことないだろ。普通に考えて。それにしても、再生回数を伸ばすのにはどうしたらいいんだろうな。ただ見ているだけじゃダメな気がするしな」

「それは……わたしもずっと考えてる」



テレビに出たら逆効果。炎上商法を好まない飛鳥さんらしい考え方だな。

もし花月雪が逆の立場なら叩かれまくっても再生回数を伸ばすために、テレビに出まくってニューチューブで宣伝しまくるのだろうか。



「そういえば、ニューチューブで配信はしてるんだろ? 反響もそこそこ良いって聞いたが?」

「ぼちぼちね。花月雪に比べたら全然。はぁ。勝てる気がしない」

「いや。違うな。『君が味方なら僕は負けてもいい』通称『君負け』のMVのダンスの振付はそこまで難しくない。ただあのMVでは振付が分かりにくいだけ。つまり」

「振付動画を配信する?」

「それだな……父さんと母さんに協力してもらうか」

「どうするつもり?」

「まず、俺が振付をもっともっと簡単にする。それでスクールのみんなに覚えてもらって、SNSで投稿してもらう。秋乃はそれを見てニューチューブで配信しろ。面白可笑しくだ。二パターン用意する。一つはマジメにカッコいいやつ。二つ目はおふざけダンス。その二つを何人かに拡散してもらって、どこかでバズってもらう」

「なるほど……でもそんなに簡単に上手くいく?」

「簡単じゃないだろうな。でも、何もしないよりはいいだろ? それにダンスが気に入ってもらえれば曲は聴いてくれるだろうし。お前のダンスを見てカワイイとかカッコいいとか面白いなんていう、まさかに人類滅亡に際し、その絶望に終止符を打つような人類が未だに到達不可能な科学力が突然発明されて、となりの宇宙に行くような奇跡が起きれば推しが増えるだろ。そう。要は推しの量産だ」

「……自信なくなってきた……って本当にぶっ飛ばすわよ?」




こうして、俺考案の、推し量産計画が始まった。




バズる……か?

本当に。



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