#24 夢見る君を諦めないから。辛いけど一緒に踊ろう?




八月一日を目前に控えた七月末。

この日は秋乃にとって念願のMVの撮影の日だった。MVの大半はアニメーションに決まっていたにも拘らず、ところどころにカットバックを入れたいということで差し迫って結局撮影する羽目になった。


撮影場所は海。

しかも、地元の海は意外にも有名アーティストやアイドルがMVの撮影に使っていることを知って少しビックリした。



「春ちゃんも来る?」

「行かない。どうせ見ていても面白いもんじゃないし」

「春ちゃんも来るよね?」

「……行かない。絶対暇を持て余すし」

「充希ちゃんも来るけど来ないの?」

「母さんが行くならなおさら行かない」

「秋乃ちゃん来てほしいと思うなぁ」

「……いや、絶対になにか魂胆あるよね?」

「……まさか。とにかく来て?」



という具合にほぼ強制的に連れてこられたけれど、俺が来た意味あるのか?

午後三時から準備をして日が落ちてすぐのマジックアワーで撮るらしい。

まだ海水浴の客がいるけれど閑散としている。

けれど、アーティストたちがここの海を使う理由はそこじゃないな。



幻想的なんて語彙を遥かに越えた何者にも形容し難い美しい海だった。空と西日に照らされた海面は水色と言うよりも限りなくパステルカラーに近い白色というべきか、とにかく輝いていた。

潮の香りがどこか懐かしさを思い出させて、打ち付ける波のリズミカルな音が心地よい。



「俺、あんまり海とか来ないから知らなかった。こんなにキレイだったなんてなぁ」

「一七年もここにいて初めて知ったの?」

「うん。飛鳥さんがなんでここに住んでいるのか分かった気がする」

「充希ちゃんも昔同じこと言ってたわね」

「母さんが?」

「シュンもね。二人とも海が好きだと思うよ?」



あまり両親の恋愛のことを聞いたことはなかったけれど、二人は海で何を話したんだろうな。両親のそういう想像をするとむずがゆくなる。だって、あの二人だぜ?

大恋愛の末の結婚だったと聞いたことがあったけど、父さんは母さんの尻に敷かれていたに違いないからな。



海水浴の客が集まる浜辺から少しだけ離れて、スタッフが数十人が撮影の準備をしていた。ビデオカメラが数台とスチルカメラの人。それにレフ板。テントを張って機材のセッティングを行う人達。

駐車場に停められたキャンピングカーから顔を出す秋乃が俺を見つけて手を振ってきた。



「アイツ大丈夫か……? なんだかぎこちないな」

「緊張していると思うよ。スイッチが入れば大丈夫なんだけどね」

「なんか、飛鳥さんが俺を連れてきた理由が少し分かった気がする……」



撮影の内容は至極単純だった。白いワンピースを着て裸足で海岸をダンスするだけ。

いや、地獄だろう。燦々さんさんと照りつける灼熱によってまるで映画の中の礫砂漠れきさばくのように水分を奪われて、砂浜は火傷をするくらい熱いはず。

どれくらいの尺があるか分からないけど、足を濡らしたとしてもキツイ。

それに重い砂に足を取られるから、ステップを踏むにも筋力が必要だ。



そういえば、曲のタイトル聞いていなかったな。



「充希ちゃんが振り付けしたんだけど、あれ、おかしいな」

「……なにが?」

「ソロダンスではないみたい。あれ……秋乃ちゃんしかダンサーいないような」

「……まさかとは思うけど、俺絶対に嫌だからね?」

「はいこれ」

「……なにこれ? 仮面?」

「うん。そう。仮面」



……いや、待て。待って。何この仮面というかマスク。

アノニマスの付けるガイ・フォークスにも似ているけど違う。

眉毛がもっと真っ直ぐで目からは涙の雫が流れているペイントが施されていて、どことなくチャーミングというか。



「私のデザイン。ティアーズドロップマン。騙されて虐げられて陥れられたヒロインが想いを寄せる人をイメージしてデザインしたの。なかなかいいでしょ?」

「……いいけど、これ誰が被るわけ?」

「……春ちゃん。そろそろダンスしてみない?」

「ほんっとに無理。俺の……知ってるよね?」

「だから仮面なんでしょ。出演者が誰かは緘口令かんこうれい敷いておくから。ね?」

「いや、本当は俺が断ったときの代役がもう立てられてるんだよね?」

「まさか。断るならMVはなし。全部アニメーションにする。すると、再生回数稼げないかも?」



踊れない。



絶対に踊れない。しかもオータマのMVに出るなんてあり得ない。絶対に出られない。俺はもう二度とダンスなんてしないし大衆の面前に顔を出すような馬鹿な真似はしない。

いや……本当は踊りたいんだろ。それなら、少しくらい……身体を動かすくらい……。



ステップを踏むくらい……あれ。

なんだこれ。



お、おかしいな。手が震えている……。

マジかよ。な、なんだこれ。

寒い。寒い……。



息が……息が苦しい。だ、誰か。



「は、春ちゃん?」



呼吸が……息が吸えない……。なんだ……これ。



「誰かッ!! 救急車を!!」

「飛鳥さん大丈夫です」

「充希ちゃん? 大丈夫って?」



苦しい……息が……。



「春高ッ!? ねえ、春高!? 大丈夫ッ!?」

「あ、あきの……」

「春くん? いい? 落ち着いて。大丈夫。すぐに収まるから」

「充希先生ッ!? 春高大丈夫なんですかッ!? ねえ、死んじゃ嫌だよッ!? 春高嫌だよ? ねえ、ちょっとねえッ!?」

「秋乃ちゃんも落ち着いて。春くん、ゆっくりと息を吐いて、そうそう。吸わないで吐くだけ」



呼吸が落ち着いて……。

母さん……俺……なんで過呼吸なんかに。



「やっぱり無理か。春くんにとってもチャンスかと思ったんだけどなぁ。秋乃ちゃん仕方ないからソロで行こうか」

「……はい」



そういえば、一度だけ過呼吸になったことあったな。あれは、週刊誌に叩かれてワイドショーで俺がコテンパンに叩きのめされた朝だったな。

救急車を呼んだら……過呼吸は自然に収まりますよって言われたんだっけ。

しばらく学校に行けなかったな。

あの頃からか。



誰も信じられなくなったのは……。




俺、やっぱりダンスなんてできないんだな。

あれだけ好きだったのに。

あれだけ夢見ていたのに。




踊れないくせに夢見ていたんだ。

踊らないなんて声高々に宣言していたくせに。

踊ることを試そうともせずに。

踊ることに恐怖を抱いて。




夢見ていたんだ。




踊る夢を。





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