#23 夏音のことは考えられない。




ど、どうしよう。まさか夏音さんがそんな大それたことをするなんて思ってもみなかったの。

告白しちゃうなんて、禁じ手もいいところよ。

もし、ここでわたしが春高さまに「好きです」なんて伝えたところで、フラれるに決まってる。

いや、例え春高さまが万一にもわたしに好意的だったとしてわたしが告白しても、この状況では彼の口からイエスなんて言えないはず。

だって、長年一緒にダンスをしてきた夏音さんを傷つけるようなことをしないでしょう?




考えたわね。ていよく気遣うつもりでわたしを制している……。

しかも、夏音さん本人も牽制と宣言するくらいだから、どう立ち回ってもわたしにとっては不利でしかない。



つまりわたしに打つ手はないってこと。

春高さまが夏音さんを振って、振り出しに戻るのを指をくわえて待っているしかない。

いや、でも春高さまは……夏音さんを好きかもしれない。

他の女子とは扱いが全く違うのはダンススクールでも明らかだし。

うわあああん。

どうしよう。



「どうなんですか? 秋乃さんは春高くんのことをただの友人だと思っていると解釈していいのですね?」

「……分からない」

「え?」

「ただの友人よりも言いたいことが言える間柄だから、もう少し深く踏み込んでいる気もするし……」

「いえ。友人としての関係ではなく、恋愛的な今のお気持ちを聞いてるのです。もしその気がないならそれで構いません」



逃がす気はないというわけね。

手強いわね。初配信の翌日に一緒にお昼を食べたときも同じような質問を受けた。

春高さまとどういう生活を送っているのか。彼とどんな会話をするのか。

ラノベは彼の趣味なのか。それとも自分の趣味なのか。

それについて話をするのか。



「……嫌い。自分勝手だし、言葉は悪いし」

「その言い分だと俺がとんでもない最低男みたいじゃねえか。まあ、ほぼ合ってるから言い返す気にもならねえけど」



でも……好き。とはやっぱり言えない。



彼は人を遠ざけたいという、過去のトラウマが心の中で根ざしているから、この状況下でもきっと拒絶する……はず。

春高さまのトラウマを利用するようで悪いけど、それを信じるしかない。

わたしはいつも通りの自分を演じればいい。

多分……。

ああああ分かんないぃぃぃッ!!

どうしよう?

どうすればいい?

誰か教えてぇぇぇ!!

告ればいいなら告るけど、それで粉砕なんてわたしは絶対に嫌!!



あれ。

夏音さんって……春高さまのことを一番よく知っているのに、なんでこんな真似してるんだろう?

もっと上手い立ち回り方があるんじゃないのかしら?



「そうですか。春高くん。そう言っていますけど、私に対する答えを聞いてもいいですか?」

「……お前な。俺はお前を大事な存在だと思っているし、できることなら傷つけたくない……けど、」

「なら、恋愛感情に発展するまで付き合ってくれませんか? もちろん、私を春高くんの好きなようにしてくれて構いません」



え、ちょ、ちょっと。椅子を春高さまの隣に持っていって、距離近ッ!!

いやいや。物理的に距離を近づけるのって……反則じゃないッ!!

って、この前押し倒したわたしが言える立場じゃないけど。



「春高くん……ラノベでは幼馴染が絶対に負けることがないんですよ?」



春高さまは俯き黙り込んじゃった……正直、わたしでは太刀打ちできない。春高さまのすべてを知り尽くしていて、彼だけのために努力してきて、キャラを作り上げるような幼馴染に勝てるわけがない。



——完敗だ。



悔しいけど、惨めで切ないけど。

夏音さんに勝てるわけがない。

わたしには何のアドバンテージもない。むしろ、マイナスからのスタートで、それはユーナの頃からそうだった。ガチガチで何をしてもダメ。春高さまの足を引っ張るだけのウザい子。

しいて言うなら今は距離が近いだけ。それも心的距離ではなく社会的距離。

それになんのメリットがあるというの?



「お前、なんつう顔してんだよ。俺が夏音と付き合ったら、お前の暇つぶしに付き合ってやらねえとか思ってんだろ。あの曲の歌詞みたいに、俺でイメトレできないから焦ってんだろ? バカだなぁ」

「へ? イメトレ?」

「俺をお前の好きな奴と重ねて、仮想デートを繰り返してあの歌詞のストーリー組み上げたんだろ? それくらいバレてるぞ?」

「ち、違——くない」



あの曲の歌詞は間違いなく春高さまに向けて書いたもの。自分の気持ちが高ぶっていたからこそ、等身大の恋する少女の物語を歌詞に落とし込むことができた。そう自負している。



つまり、あの歌詞の内容を春高さまは自分のことだと信じることをしないで、私が別の誰かを好きで、その誰かを自分に重ねられていると思いこんでいるということ?



これは……よしッ!!

突破口が見えたっ!!



「うん。だから困る。夏音さんのモノになっちゃ嫌」

「え? だって秋乃さんは春高さまのことが嫌いなんでしょう?」

「嫌いだけど、ワガママなわたしに付き合ってくれる春高は好き。たまに優しいところあるし」

「そんなの勝手じゃないですかッ!! そんな言葉では……束縛する権利なんて。秋乃さんこそ素直になってください……」



わたしが素直に?

え?

夏音さんはどういう意図で……そんなことを?

え?

なんか言葉の使い方がおかしくない?



「すまん。傷つけたくはないけど、夏音は考えられない。だから、悪い。お前の告白はなかったことにしてくれ」

「……分かっていました」



分かっていた?

やっぱり分かっていて告白している?

砕け散るのを理解していてこんなことをしていた?

なんで?



なんでなの?



「私……フラれることは分かっていました。きっとそう言うんじゃないかって予測していたんです」

「じゃあ……夏音さん? いったい」

「知ってほしかったんです。春高くんのことを想っている人は少なくてもここに一人いるんだってことを。だって、春高くん一人のときすごく悲しそうな顔をするときあるから。孤独じゃないから? それに、春高くんが誰かを好きになっても……もう誰も責めないから」



それはわたしの知らない顔。春高さまがそんな顔をしているなんて気づかなかった。

気持ちが分かるなんて烏滸おこがましいことは言わないけれど、わたしも大炎上したとき似たような気持ちになった。誰もが自分を非難して白い目で見てきて、居場所なんてどこにもなかった。お父さんはお酒に酔って見境がなかったし、お母さんはもうこの世界にはいないし。

寂しさと切なさと……心のり所のない不安が常に付き纏って。

友達も……親友ですら信用できなくなった。

きっと陰ではわたしを嫌っているんだって思っていた。



春高さまはもう、ずっとそういう環境に身を置いて、誰も寄せ付けず。

信頼することも出来ず。

それをずっと見てきた夏音さんは……。



「独りよがりだろ。俺は別にお前に好かれたいとか思っていないし、心の支えが欲しいわけじゃない。あれほど言っていたはずだぞ? お前は俺にべったり過ぎるって」

「分かっています。けど、わたしはずっと春高くんの味方だし、支えにもなってあげられる。だから……いつも近くで」

「それが独りよがりだって言うの。夏音だって友達いないわけじゃないだろ?」

「ほんっとにバカ」

「は? いきなりバカとかなんだよお前」

「夏音さんは春高のことを思って告白していると思っているでしょ?」

「……違うのか?」

「半分はきっとそう。だけど半分は本当にあなたのことが好きで告白してるんでしょッ!? ならせめて気持ちくらいちゃんと伝えなさいよ。好きかそうでないかくらい……」



拒絶するのは簡単だけど、それだけではあまりにも可哀そうで……。

もう少し夏音さんに対する好意的な気持ちを伝えて欲しい。

だって、これではあまりにも……。



「……そうですね。秋乃さんの言う通りです。ごめんなさい。私は春高くんに逃げているだけですね。色々と理由を付けたけれど、実際は好きという感情が破裂しそうで我慢できなくて告白しただけで。言い訳ばかりでごめんなさい。春高くん。もう一度……告白やり直させてください」

「……」

「好きです。ずっと好きでした。春高くんがどう思おうと、私の勝手な感情です。押し付けるつもりはありません。だから、付き合ってください」

「……ごめん。俺は夏音のことは嫌いじゃない。だけど、恋愛感情とかそういうのはないから。だけど大事な存在で……」

「ありがとう。聞いてくれて」

「……でも、なんでこんな状況で告白なんてしてきた?」

で成功しても嬉しくないんです。こういう人の多い場所で『うん』って言ってもらえたら、本物じゃないですか?」

「え、えっと……つまりシチュエーションを気にせずに気持ちだけで勝負したかったってこと?」

「そうです。こんな最低な条件の揃った場所でも本当に好きなら通じ合うものがあると思うんです。ほら、二人きりの世界ってそういうことじゃないですか?

「……意味分かんねえ」

「私、変わっているので。ああ、それと秋乃さん……逃げてるだけじゃダメですよ? 春高くんをお願いしますね」

「は? 待て。夏音、こんな奴に俺の何をお願いするんだ。こいつは冷徹無比の残酷な女だぞ?」

「はあ? その言葉そっくりお返しするけど?」




春高さまをプールサイドに置きざりにして、夏音さんと浮き輪でプールに浮かびながら天井をぼーっと見ていた。



「なんで夏音さんはこんな思い切った行動をしようって思ったの? もしかして、別の意図があったとか?」

「……実は一度告白しているんです。でも、春高くんは冗談だと受け取ったみたいで。その時——彼は、『自分が子役をやっていたときに好きな子がいた』って昔を回顧するように教えてくれて。その子はいつもガチガチに緊張していて守ってやりたくなるような奴だったって」

「……え?」



それって……いや、止めよう。

違っていたときの落胆を考えたら、期待しないほうがダメージは少ない。

鵜呑みにして傷つきたくないもの。




「私は秋乃さんを見てすぐに分かりました。春高くんも気づいているんだって思っていたんです。だって、彼があんなに心を開くなんてあり得ないことですから」




まったく覚えていなかったけどね……。




「そう考えたら、もう気持ちが抑えきれなくて。耐えきれなくて。だから告白をもう一度しようって。例えフラれても——私に気を使わずに彼が前に進めるようにって」

「前に進めるように?」

「私のことを放っておけないってきっと思っているんです。もしかしたら、私の気持ちに気づいていたのかもしれない、なんて私、自分勝手に思っていたのもあったので」

「……夏音さんだって、もしかしたらもっとグイグイ行けば——」

「……秋乃さんってやっぱり鈍感?」

「……え?」

「春高くんは、『夏音考えられない』って言っていたんですよ? あ〜あ。私の青春も終わっちゃいました。もう、秋乃さんのせいだっ!!」

「なっ!! やったなぁ!!」



パシャっと水を掛けてきた夏音さんに仕返しに水を掛けた。

水に濡れたコスメはウォータープルーフだから落ちはしないけど、夏音さんの瞳は真っ赤だった。



「秋乃さんのこと、私も応援していますから」

「あ、ありがと?」

「春高くんのことお願いします」

「ええっと。夏音さん?」

「これで心置きなく、春高くんは前に進めるはずですから」




いや、そうかな。

むしろ夏音さんが告白して、春高さまからしたら……もっと放っておけなくなったんじゃなくて?




どこまでが夏音さんの作戦なんだろう。





わたしを牽制する、って言った……その意味は?






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る