#22 彼の幼馴染は怖い。突然の宣戦布告なんて



プールに来た。

うん。

さっきから水着の女の子が通る度に目のやり場に困っているけど。

なんで俺、こんなところにいるんだろう。

はぁ。




夏休みに入る直前の終業式の日。

夏音が珍しく遊びに誘った。



「明日から夏休みだけど、遊びに行きませんか?」



俺じゃなく秋乃を。



俺と秋乃が放課後になって帰るタイミングを見計らって隣のクラスからやってきた夏音は、銀縁の丸メガネの下の瞳をどこかミステリアスに輝かせて。いや、挑発的とも言える色で。

とても誘うような表情ではなかった気がする。

お前は誰に宣戦布告しているんだと言おうかと思ったわ。



普段の夏音はあまり感情を表に出さない性格だから、物珍しく俺は観察していた。誘いは秋乃に向けてのものであって俺には何も関係ない。

だから余計に気になった。

夏音は秋乃と親密になったとはいえ、二人で遊びに行くような間柄でもないだろうし。



夏休み初日。

梅雨は未だに明けていないものの、晴天のだるような暑さの中、夏音は家に秋乃を迎えに来て意外なことを口にした。



「春高くんは来ないのですか?」



いや、なんで俺が行かなきゃいけないんだ、とも思ったが、「春高も行くよね?」と秋乃まで俺を連れ出そうとするもんだから、なんだか責め立てられているような気分になってつい「あ、ああ」と返事してしまった。

行き先を尋ねると……。



断ったら、夏音に睨まれた。

「一緒に来てくれないなんて。昨日あれほどお願いしたのに酷いじゃないですか?」なんて言うけれど誘いは秋乃だけじゃなくて俺も含まれていたなんて思わなかったんだ。

夏音は……こう見えてグイグイ来るタイプだから苦手なんだよな。

いつも俺にベッタリで、こいつの交友関係が心配すぎる。

俺しか友達がいないとか?

ったく仕方がない奴だ。


昔からそうだ。遡ること幼稚園の頃からずっとそう。

どこに行くにも俺の袖を引っ張りやがって。

放っておけない、なんて歳でもないことは分かってるけど。

甘やかし過ぎか。



秋乃は「一応有名人なんだから守ってくれない?」と懇願するように上目遣いをしてきた。なんで俺が……。

いや、確かに場所が場所なだけに秋乃は危険かもしれない。



という過程があった。



気まずし、目のやり場に困るだろうし。夏音は根暗そうに見えて——いや実際そうなんだけど——その性格とは真逆のプロポーションを誇るし、童顔な顔からは想像できないような身体をしている。

まず腹筋は縦に一筋割れていてダンサー特有の締まったウェストは、とてもラノベ好きのオタクなんて想像もつかないはず。

なんで知っているかって?

ダンスイベントでへそ出しの際どい衣装を着たことがあったからだ。

べ、別にいやらしいことを考えたわけではないからなッ!?



学校では、その見た目だけでモテる。いや、性格も見ろよな。

この根暗なくせに勝ち気の性格は、付き合ったら大変だと思うぞ?



やってきたのは巨大屋内プール。田舎故に壮大な面積を誇るプールで室内気温は一年中二八度を保つ。いや、夏だし外がいいんじゃねえのって聞いたら「「日焼けする」」という回答だった。なるほど。



なんて思い出しながら考えを巡らせているプールサイド。カメハメハ大王の像の前で佇むこと二〇分。二人とも着替えがすげえ遅え。


カップルが多い気がするが、想像するよりも空いていた。歩けないくらいに混雑を極み、絶望するようなイメージを膨らませていたんだけど、そこまでではないな。



「な、夏音さん、やっぱりわたし帰る……」

「ここまで来て何を言ってるんですか。恥ずかしがらずに」



夏音に半ば強引に引きずられるようにして現れた秋乃は、ラッシュガードをしっかりと羽織って俯き加減で座り込んだ。いや、待て。



メガネを外して薄いメイクをした夏音は……いや、ダメだろ。こんなに可愛かったか?

学校ではほぼほぼすっぴんに近いから、今日は余計に可愛く見える。

ダンスステージでの濃いメイクには見慣れているけど、こんなナチュラルメイクは初めて見た。

青いチェックのセパレートされたタイプの水着で、フリルも夏音によく似合っている。



「春高くん、どうですか?」

「な、なにが?」

「筋トレした身体です。ほどよく締まったと思いませんか?」

「あ、ああ……」



決してガチガチに鍛えられているわけではなくて……柔らかそうなところは柔らかそうでって、何考えてんだ俺。相手は、野々宮夏音で単なる幼馴染だぞ。



「秋乃さんもほら」

「ん……もしかして夏音……腹筋をひけらかしたくてプールに来たとかじゃないよな?」

「……まさか。そんなことあるはずないじゃないですか? これは秋乃さ——」

「ああああ、なんでもないなんでもない」



うん? 秋乃どうした?

いや、絶対に筋トレの成果を見せたいだけだろうよ。

ったく。別に水着になんてならなくても服の上からでもある程度分かるっつうの。



「ほら、ラッシュガードなんて脱いでください。三ヶ月も鍛えたんですからいりませよ!」

「きゃぁぁぁぁ」



夏音に強引にラッシュガードを剥ぎ取られて立たされるとか。

マジでグイグイ来るよな。



は?



む、胸が……デカい。そのくせ腹筋は夏音と同様に締まっていて手足が長い。

こいつ……胸は着痩せするタイプだな。

花柄のビキニ……って、大人っぽいな。

ああ、顔をよく見たら秋乃もメイクがいつもと違う。夏仕様?

ほんのりチークを入れているのか。



「プールで話すのもどうかと思いますが、今日はお二人にお聞きしたいことがあって付き合って頂きました」

「……いや、ほんとだよ。なんでわざわざプールなんだ?」

「夏だからです。多分」

「多分って。い、いや答えになってねえよ。マジで」

「それは秋乃さんに聞いてください」

「ん? 秋乃?」

「ふぇぇ……だ、だって」

「自分で言ってください。私は巻き込まれたのですから」

「ん? もしかして、プールの指定は秋乃か? お前、そんなに脱ぎたかったら自分の部屋で一人でやれよな」

「本当にムカつくッ!! いいでしょ別に!! プールくらい行きたいっていう心理くらい分からないッ!?」

「お前は立場をわきまえろよなッ!! ったく」

「はいはい、こんなところでじゃれ合わないでくださいね。誘ったのは私。場所の指定をしたのは秋乃さんです」



プールに来たにもかかわらず、泳がないでピザ屋前のテーブルを囲むとか。なんなんだこれ。



「お二人は付き合っていないのですか?」

「「は?」」

「私が知らないだけで、実は付き合っているのではないかといているのです。一応確認です。もしそうなら私一人だけが知らないとかはちょっと納得がいかないので。こうして遊びに誘えばボロがでるのではないかと思いまして」

「待て。秋乃と俺が付き合ってる? 夏音……バカも休み休み言えよ」

「そ、そうよ。そんなはずないって。なんでわたしが、こ、こんなオタクと」

「オタクはお前もだろうがッ!! 第一、オタクを隠していたお前のほうが悪質だからな?」

「はあ? どこの世界に、わたしオタクです〜なんて自己紹介する女子がいるのよ」

「それに初対面じゃないことも隠していただろうがッ!! お前は腹黒い女認定だからなッ!!」

「なんで春高に認定されなきゃいけないのッ!! 春高だって——」

「はいはい。そこまでにしてください。つまり、付き合っていないと? 信じていいんですね?」

「だからそう言ってるだろ」

「秋乃さんも異論はない、と?」

「ええ。ないわ」

「ふぅん」



メガネを直す癖のある夏音は、コンタクトということを忘れてメガネを上げようとして「あっ」と表情を変えた。ドジっ子なんだよな。

コケたりはしないけど、ちょっとした仕草が面白い。



「じゃあ、秋乃さんと春高くんがくっつくのはイヤなので宣言します」

「……ん? 宣言?」

「……」

「私は春高くんと付き合いたい。ずっとずっと思っていました。遡ること小学生の頃から」

「は? ま、待て。なに言ってんの? それってどういうこと?」

「……」

「春高くんには告白。秋乃さんには牽制のつもりで。私は春高くんと付き合う正当な理由があります。春高くんのそばに常にいたのは私。だから、春高くんの隣は私だけのもの。違いますか?」

「い、いや。違いますかって、そんなこと言われても。それに、真顔で真正面からぶっこまれても……」

「春高くんの隣をキープするためにダンスも筋トレも頑張ってきました。それに、春高くんの好きなラノベも全部読みました。どこからどうラノベの感想を訊かれても全方向に答えられます。春高くんの好みもすべて理解しているつもりです。これもすべて春高くんのためです」



えっと。これってどういう状況?

秋乃の目の前でこくられてるってこと? そういう認識でいいわけ?

なんでそんなにキビキビ話せるんだ?

普通、恥じらいとかそういうのあるんじゃねえの?

いや、待て。付き合うっていう言葉が告白とイコールで結ばれていないとか?

待て待て待て。それよりも俺でいいのか?

俺、騙されていないか?

実はどっきりとか、罰ゲームとか。

ラノベのありきたりなシチュエーションじゃないのか?



「秋乃さんは春高くんのこと嫌いなのでしょう? 私は嫌いではありません。いがみ合うこともなく、春高くんとは毎日笑って過ごせます。もし異議があれば聞きます。勘違いしないでほしいのですが、喧嘩を売っているわけではありません。むしろ逆です」

「……」

「陰でコソコソしたくないから、こうやってお二人の前で気持ちを打ち明けているんです。もし秋乃さんが春高くんのこと好きならば、私の気持ちも気になるでしょうし」

「ええっと。夏音? お前はなにがしたい?」

「だから、春高くんと付き合いたいと言っているのです」



いやいやいやいや。こんな公衆の面前ですることなの?

告白って校舎の裏とか体育館の裏とか。屋上とか。

学校外なら、観覧車の中とか。きれいな夜景を見ながらとか。

それこそ無数にシチュエーションはあるわけで。

でも、プールサイドの子供が走り回る中の、しかも友達の前でとかありえなくね?



「夏音、待て。よく考えろ。俺は自己中で性格悪くて、マジで付き合ったら苦労する。自分で言うのもおかしいが、ひねくれてるぞ?」

「知っています。でもその反対に、良いところも同じ数だけ挙げられますけれど?」

「いや、言うな。だめだ。吐き気してきた」

「秋乃さん? 黙っていますけど、異論はないんですか? 春高くんのことをなんとも思っていないのですね?」



秋乃は、唇を噛んで俯いているけど。憂色を浮かべて何を考えてる?

なんで黙ってるんだ?

俺のことなんとも思っていないなら、とっととこの状況を打開してくれよ。

はやく罵倒して俺を拒絶しろよな。




いや、この状況マジでなんなの?






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