#21 お前があのユーナだとッ!? 騙したなッ!!〈秋乃視点〉




わたしが初めて掴んだ子役の座は、とても順風満帆とはいかないものだった。

上がり症のわたしは、せっかく練習したセリフをど忘れしてNGを連発し大人たちから嘲笑ちょうしょうを買っていた。

離婚した母と大学生の恋を描くドラマだったんだけど、わたしはその母の連れ子という役柄で割と良い役をいただけたのだと今更ながらに思う。



倉美月春高という少年がいた。

彼の母親は元アイドルでダンスと歌は抜群に上手だった。

彼の父親は少年の頃、伝説的ダンサーだったけれど病に倒れて引退。けれど、病気を克服してダンススクールを開いた。

そんな二人から生まれた倉美月春高という少年はサラブレットで、ダンスはもとより演技の素質もあった。



子役として活躍していた彼は、わたしと同じドラマに出演を果たした。まさに共演という言葉がふさわしいけれど、立場は違いすぎた。

わたしがデビュー作なのに対して、彼は何本もドラマをこなしているベテラン。

臆病でいつもビクビクしているのがわたし。

かたや、性格的に全く緊張をしないという化け物。

演技のみならずダンスも上手い。世間からはやし立てられて、人気も絶頂だったことを記憶している。



彼の役は……父に引き取られた息子。つまり、わたしとは兄妹の関係にあるという役柄。

緊張するわたしの手を握って、「大丈夫だ。俺に任せろ」って言ってくれたのを今でも鮮明に覚えている。

憎まれ口を叩きながらもいつもお菓子を二つ持ってきて、わたしにその片方をくれて。

笑いながら、「お前緊張しすぎ」って背中を軽く叩いてくれた。



「ユーナ、また遊ぼうな」

「春高くん……はい」



そう。当時のわたしは親の計らいもあって芸名を使っていた。

本名を使うとイジメに遭ったり、何かあったときに本名の流出をしたりするのを防ぐためだったのだと思う。


桧山友奈ひやまゆうな。それがわたしを守る名前だった。

だから、春高がわたしの名前を聞いてもピンと来ないのも当然のこと。



クランクアップした後、花束をもらって春高と別れのとき。わたしは彼に袋いっぱいのお菓子を渡した。彼の励ましがなければ挫折していたかもしれない。それに、休憩中食べるお菓子の時間がすごく楽しみだった。

その感謝を込めて。



お別れしたくない。けれどすぐまた会える——そう思っていた。

子役でキャティングされれば必然と彼とは会える——そう確信していた。



しかし、現実は残酷だった。

わたしは世間から評価されなかった。緊張したガチガチの演技しかオーディションで見せることが出来ず、当然ながらオファーなんて来るはずもなく。

そのまま世間から忘れられるようにフェードアウトした。



春高はその後も一定間隔でドラマに出演し続けて、わたしはその姿をテレビで見ていた。

悔しいという気持ちも多少はあったけど、それよりも彼の姿を見ることが毎週楽しみになっていた。そして、再会を夢見ていた。



春高が一四歳のとき。ジュニアのダンス大会に出た。

わたしもダンスをしていたから出場していて、偶然にも彼とばったり再会したけれど、彼は覚えていなかった。

彼の隣には可愛らしい女の子がいて、ずっと彼のそばを離れようとしなかった。

今思えば、あれは野々宮夏音さんその人だったのかな。



春高が練習するところをずっと眺めていたとき、偶然にも彼の事故を目撃してしまった。



フィギュアスケートの練習光景を想像して貰えれば分かると思うけど、みんなそれぞれ同じ場所で練習をしていて割と密集していた。

運悪く、振りの練習をしていた彼の手が男の子の顔に当たってしまった。

もちろん、悪気も何もない。不注意と言われればそうかもしれないけれど、イヤホンに塞がれた耳と回転中の振り付けでは、周りが見えていない。

相手の男の子も同じ状況だったのだろう。



結果、相手の男の子の片目は光を失い、両親が激怒。

しかも、当時有名だった倉美月春高だったことから週刊誌がこぞって騒ぎ立てて大炎上。

怪我をした男の子もダンスが上手だったらしく、春高がわざとやってライバルを消したのだと世間は後ろ指を指した。



それ以来……俳優としての彼は死んだ。

そして、ダンサーとしての彼も死んだ。



だけど、わたしは見ていた。男の子は自分から春高に近づくようにステップを踏んでいた。

春高はそれでも周りに人がいない所を選んで練習していたのに。

結果的にはどちらが悪いでもなく、運の悪い事故だとその場にいた誰もが理解した。当の本人同士も、だ。



けれど、当時その場にいなかった人たちが想像豊かに状況を語り、流言蜚語りゅうげんひごが飛び交ってしまった。



スポーツ保険が下りて治療費の問題は解決したらしいけど、その後、その問題がどうなったのか?

わたしは知らない。



当時のわたしが何を言っても世間なんて信じてくれはしない。

そう思い込んでいた。だから動こうとか、助けてあげようとか思えなかった。

今思うと……わたしは酷い女だと思う。



「お前……俺を襲おうとかヤバい奴だな。で、子役のときって?」

「桧山友奈って知ってる?」

「……ああ。あのガチガチのユーナか」

「うん。よくわたしの顔見て」



春高さまの顔が間近に見える。このまま近づけば……キスできちゃうよ?

しちゃって……いい?

わたし……君のこと本当に好きなんだよ?

ねえ、ユーナのことどう思っていたの?

わたしのことは……。



「……お前がユーナ?」

「うん。実は……そうなの」

「氷雨秋乃が桧山友奈……ってなんではじめに言わねえんだよ」

「だ、だって。その……緊張して。言えなかった……んだよ」

「マジか……ユーナ久しぶりだな。元気してたかって。信じたくねぇぇぇッ!!」

「は? 感動の再会のはずなのに、なにその反応!!」

「だって、ユーナはすげえ良い子だったし、こんなひねくれた腐女子じゃなかったぞ!?」



言い忘れていたけど、わたしがラノベとかアニメとか好きになったのは、君のせいだからね?

撮影の合間に貸してくれた漫画とかすごく影響しているし。

腐女子なんて嘲罵ちょうばするからには、責任取ってくれる?



「ひ、ひどくない?」

「っていうか、なんなの? なんで俺に乗っかってるわけ?」

「こうでもしないと、顔ちゃんと見てくれないでしょ?」

「強引すぎだろ。いや、名前教えてくれれば思い出せたし。っていうか何? お前メンヘラだろ?」

「違うし。たまにはこうしてギャフンと言わせてやりたいし。どうだ、参ったかっ!! 的な……? あれ」



アレ。なんだか。ちょ、ちょっとエッチじゃないこれ……。

春高さまが言うように、名前教えれば一発解決じゃない? わざわざ押し倒して馬乗りになる必要なんてないじゃない。

わたしって……ちょっと、いやかなり痛い子じゃん。



「バ、バカかお前は、はやく退け。こんな姿誰かに見られたらマジで勘違いされるからな?」

「わ、分かってるわよ」

「……じゃあなんで降りない。ああ、こうやって憎き俺を見下すのが快感になったか。やっぱりお前は瀕死の敵を死なない程度になぶってその苦痛に歪む顔を見てえつに浸るサディストだな。クソ。痛いようにはしないで早くやってくれ」

「な、なに諦めの境地に立ってんのよ」



春高さまから降りて、己の羞恥しゅうちいましめる……とやっぱり恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

なんて愚かなことをしてしまったんだろう。

わたしって本当にバカ。バカバカバカッ!!

もう死に戻りたい。

いっそ、生まれたときまで死に戻りたい。

あのラノベのように。



「春高は……ユーナのことどう思っていた?」

「どうって……友達だと思っていたけど。むしろお前の方こそどう思っていたんだよ。俺のことムカつく奴だって思ってたんだろ」




好きだった……とは、とてもじゃないけど言えない。

言えないけど……悔しいな。

初恋の人は君で、あんな純愛な歌詞を書けたのも君がいたからなんだよ?

君は、この歌を聴いてどう思ったの?

ねえ、わたしの気持ち……受け取ってくれたかな?



「うん。思ってた」

「やっぱりな。俺は好きだったぞ」

「え?」

「お前とお菓子食べてた時間。好きだったな。あの頃は何も考えずに……楽しかったな」

「わたしも。ごめん。嘘ついた。春高のことムカつくなんて思っていなかった。むしろ、春高がいてくれたから、がんばれた……だから、あのあと会えなくなっちゃって……」



寂しかった。すごく。すごく寂しかった。



「……秋乃」

「春高……」



え、これって……となりに座る春高の顔が近づいてくる。

キ、キスしちゃうの?

ええええ。

付き合ってもいないのに、そんな簡単にキスしちゃうの?

ま、待ってーーーーッ!!

心の準備がぁぁぁぁぁッ!!



「髪にうんこみたいなの付いてるぞ?」

「は?」

「ああ、違うわ。毛玉だ。ベッドに倒れ込んだ時に付いたんだな。てっきりうんこを髪に付けてんのかと思った」

「はああああああ!? 毛玉と、そ、そんなの区別くらい付かないッ!?」

「いや、俺さ、最近近眼が進んでいてさ。そろそろ眼科に行かないとって健康診断で言われてんだよなぁ」

「バ、バッカじゃないのッ!! 期待したわたしがバカだったッ!!」

「期待? 何に? お前が俺に期待って……意味分かんねえ。とにかく、距離感がおかしいからあんまり不意に近づくなよな」

「そ、それはこっちのセリフだからね? いきなり顔近づけてッ!!」

「だから、それは近眼だから。何度も言わせんなって、元はと言えばお前が近づいてきたんだろうがッ!! このアホッ!!」

「ち、ちがッ!! わたしの崇高な理由と春高のバカみたいな理由とは天と地くらいの差があるでしょッ!!」

「これだからお高く止まった女王陛下は。目の見えない民の気持ちをこれっぽっちも理解していない。うんこにしか見えない毛玉を取ってやったのに、その恩も仇で返すとは。こんな女が世に蔓延はびこるとはッ!! まさに猖獗しょうけつの極み」

「しょうけつ、なんて普通使わないでしょ。このラノベオタク!!」



なんでいつもこうなっちゃうのかな。

すごくいい雰囲気だったのに。むしろキスしちゃえば良かったのかな。

いや、わたしと春高さまの距離感はこれがちょうどいいのかもしれない。

だって、春高さまはあの頃と変わらず憎まれ口を叩きながらも、優しいじゃない。



そうでしょう? 毛玉取ってくれるつもりだったんだもの。



「と、とにかく、ユーナが秋乃だったなんて詐欺だからな。明日アイスおごれよ?」

「は? はああああ? むしろ春高がおごらなきゃおかしいでしょ」



考えてみれば、春高さまが息を巻いて熱くなるのもわたしだけ。

普段は……誰も相手にしないくらい静かで醒めていて……人を人だと思っていないじゃない。

クラスメイトにしろ、友達にしろ。



つまり、わたしは特別?



そうなんでしょ?



きっとそう。



そうだと……信じたいな。






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