#19 は、春高さまが守ってくれた……うああ(発狂)



普段はあまりテレビを見ない我が家なんだけど、今日は食卓を囲んでいる最中さなか、珍しく情報番組のキャスターの声が響いていた。

母さんは洗い物をしながら耳を傾け、父さんは松前漬けを摘みながら凝視していた。二人の関心はおそらく……。



予想通り、朝の情報番組ZAPのエンタメニュースコーナーでは、オータマがソロデビューをすることを大々的に報じ始めた。

そして、それまでとは別人のような秋乃のキャラクターを微笑ましく紹介する……。



けれど、SNSを始めとしたネットでは批判的な意見が多い。

花月雪をターゲットにしたやり方に対する誹謗中傷がほとんどだった。



・悪いのはオータマのくせに噛み付くとは許しがたし。

・まったく反省していない。

・絶対に応援しないし、デビュー曲を聴いても買ってもダメだ。不買運動だ。



はいはい。嫌いなら見なきゃいいんじゃないですかね?

だけど、そういう君たちも再生回数を稼ぐ重要な駒ですから、どんどん粗探あらさがしでもなんでもしてください。




下民が。死ねよ。




「春高……怖い顔してどうしたの?」

「ああ、なんでもねえよ。ほら、とっとと朝飯食って学校行くぞ」

「……うん」

「お前な。大丈夫だ。陰口なんて気にしていたらソロデビューなんてできねえだろ」

「そうそう。春くんに頼りなさい。こう見えて男気あるでしょ?」

「「……」」



秋乃と父さん……なぜ黙る。少しは肯定しろよな。

俺だってやるときはやるぞ。

多分。




二人で通学する日常もだいぶ慣れてきた。従兄妹いとこ同士という関係を全面に押し出しているけど、当然中身は赤の他人。いつかはバレると思っていたけど存外隠し通せるもんだな。



急勾配な正門下の坂で、他の生徒からの視線が痛いほど刺さる。まあ、俺はモテるから。って口に出したら市中引きずりの刑に加えて打ち首獄門だろうな。

冗談はさておき。

いや、俺じゃなくて秋乃に対する視線だけどな。



「おはようございます。春高くん。秋乃さん」

「ああ、おはよ。夏音」

「おはよう夏音さん」

「さ、昨夜の配信今朝観ました!! もう感激!! あのラノベすごく好きで、私と同じ感想でビックリしました!! 秋乃さん、今日お昼一緒に食べませんか!? 春高くん、借りていいですよね?」

「別に俺にかなくても。むしろ家から引き取ってもらっても構わないくらいなんだけど」

「ちょ、ちょっとッ!! さりげなく追い出そうとしないっ!! あ、夏音さんぜひ!!」

「やったっ!! ありがとうございます!」



夏音がまさか心を開くとは思ってもみなかったな。興奮気味に語る夏音の口調はいつもよりも早口で緩んだ頬が一層ほころぶ。

美少女と美少女のやりとりに向ける周りの男子からの羨望せんぼうの眼差し……。



校舎内でも同じような視線を感じる。うちの学校に限って言えば、秋乃のチャンネルはそれだけ注目を浴びたということ。

あんな深夜に配信したにもかかわらず、すげえよな。

ただ、チャンネル開設ブーストが掛かっているという疑いは否めない。



それと、花月雪と戦うには一つだけボトルネックがある。



花月雪の仕組んだ秋乃に対する好感度爆下げ作戦をどうやって取り下げるか。例の、月下妖狐を解散に追いやったのは秋乃のせいだ、という嘘八百をどう撤回させるかが問題だ。

まさか、花月雪によって秋乃の身体に食い込まされた罠をそのままにするとかはあり得ない。

俺は秋乃が嫌いだけど、汚い真似をした花月雪はもっと嫌いだ。




どうしたものか。飛鳥さんも考えているのだろうけど、難しいだろうな。




「観たぞ〜〜秋乃ちゃんのチャンネル。ちゃっかり登録しといたぜ」

「ちゃっかりって。自分で使うものかね。意味分からん。新一はどう思う?」

「どうって?」

「秋乃のカミングアウトと今後の方針」

「いいんじゃねえの。あんな可愛い子がラノベ朗読って、むしろ親近感しかねえだろ」

「お前も読むのか? ラノベ」

「読むわけねえだろ」

「それで親近感なんて湧くか?」

「読まねえけど、秋乃ちゃんが普段なにをして過ごしているか分かるじゃん。ああ、秋乃ちゃんってラノベ読んで休日とか過ごしているんだ、なんて思ったら自分も読もうかな。ラノベの話題をコメントで振ってみようかな、とか思うやつはいると思う」

「……なるほどな。俺は読んでいるから、むしろ自分との感想の相違ばかり目につくな」

「お前は変わっているからな。普通の男子じゃねえよそれ。でも、お前もあながち嫌いじゃないんじゃないのか?」

「……嫌いだよ。秋乃のことは嫌い」

「素直じゃないねぇ〜〜〜。ほら、早速女子が湧いて出てきたぞ」



教室に入ろうにも、女子たちに囲まれて秋乃は廊下で立ち話。これは苦労するかもな。お、チャラそうな男子まで女子に混じって話し始めたな。



「行かなくていいのか? られたらヤバいんじゃないのか?」

「あいつはチョロインだけど、さすがにそれはないわ」

「秋乃ちゃんも単なるJKだろ? なら恋の一つや二つしてると思うぜ?」

「まさか」



秋乃が恋……?



秋乃が誰かと付き合う?

それはどういう状況なんだ?

ああ、考えるのが面倒になってきた。止めよう。



ん。



でも、なんで思考停止するんだ。

秋乃のことは嫌いだから、むしろ誰かに手綱を付けてもらったほうがいいんじゃないのか。




昼休みは、隣のクラスから夏音が迎えに来て秋乃は連れて行かれた。

夏音ばかりズルいという声が聞こえてきたが、夏音はまったく意に介さず秋乃の手を引いていった。これで少しはクラスも静になるな。



「新一……お前、なんのラーメン食ってんだ?」

「にんにく味噌とんこつ。コンビニ限定のやつ」

「臭えんだけど。っていうかタンブラーに熱湯入れてくるとかバカなのか?」

「ラーメン食って何が悪い。それよりもいいのか? 秋乃ちゃんが百合に目覚めても知らねえぞ」

「お前は朝からそればっかりだな。秋乃はどうでもいいって」

「俺とお前は友達だろ。なら、お前の恋の行方も見守らんとな」

「だ、誰が恋だ。んなわけあるか」




それで放課後。

秋乃は席を立たずに俺の方をキョロキョロと横目で見ていた。

俺が立ち上がると、秋乃も立ち上がる。



「なんだよ?」

「い、一緒に帰ってあげてもいいかなって」

「断る」

「え、えぇぇ。ま、待って。一緒に帰ろ? ほ、ほら途中のコンビニで何かおごるから」

「……なんだ? 珍しいな。なんで今日はそんなに下手に出るんだ?」

「い、いや」

「まあ、いいや。今日だけだからな?」

「うんっ!」



で、昇降口を出て正門をくぐると……あちゃあ。

こいつが俺に一緒に帰って欲しい理由が分かった。



不良系のオラオラ系の奴が集団で偶然を装って坂で待機中とか。

バカなのかこいつら。



「おい、氷雨秋乃と帰るから、お邪魔虫はどけ」



オラオラ系どころか、不良じゃねえか。

なんだコイツ。



「昼休み終わりからずっと付け回されているの」

「……こいつに?」

「うん」



秋乃の耳打ちが気に入らなかったのか、不良男子はすでに緩い自分の胸元のネクタイを更にグイッと引っ張っていかつい顔で俺を睨みつけてくる。



「お前バカか。どう見てもお前と秋乃じゃ釣り合わねえよ」

「なにッ!? てめえ、もういっぺん言ってみろ」

「何度だって言ってやる。お前じゃ釣り合わねえ」



胸ぐらを掴まれた。

はぁ? 俺はオタクだけど屈しないからな?



いきり立ちやがって。

その行為自体、暴力行為として暴行罪として立件できるんだからな。

オタク知識舐めんなよ。



けど、こういう奴は面倒だから理屈を押し付けても聞く耳なんて持つわけがない。



「ッ!? な、なんで?」

「俺がオタクだからひ弱だとでも思ったんだろうけど、筋トレ趣味舐めんな?」



人様の胸ぐらを掴む手を強引に引き剥がしてねじり込む。

それで目一杯睨みつけてやる。上等だよ。殴ってみろや。



「は、離せ、離してくれッ!」

「秋乃には二度と近づくな」

「わ、分かった……分かったから」



手を離してやったら蜘蛛の子を散らすように他の不良もいなくなった。



「へぇ。意外と男気あるじゃねえか」

「涼森くん? 見ていたの?」

「お前、なに盗み見してんだよ」

「秋乃ちゃんに関する噂を聞いたからな。一応、心配だったから付けてきたんだ」

「噂? 涼森くん教えてくれる?」

「ああ。三年のアホたちが、『誰が一番先に氷雨秋乃を落とすか』って勝負を始めたらしい。まずはライン交換が第一関門、次にデート、そして告白。単純なおバカさんたちだよな。で、中には強引に脅して付き合おうとする奴もいるだろうなって。そしたら、お前だよ。大した奴だな」

「くだらねえ。とっとと誰かに拾われてくれればこっちも面倒見る手間が省けるのにな」

「素直じゃないねぇ。さて、俺は部活行くから、気をつけて帰れよ。ああ、あとそいつ割と強いらしい。けどまあ、お前の筋トレバカの前では単なる軟弱者だったな。面白いもの撮れたわ。くくくっ」

「あ、ありがとう涼森くん」



って、撮影していたのかよ。すげえ悪そうな顔してるな。

新一の奴が余計なこと言うから秋乃がビビっちゃったじゃねえか。

俯いて何も話さねえよ。



「さ、さっきはありがと」

「ん? ああ、いや。胸ぐら掴まれたから正当防衛に徹しただけだ」

「……そう」

「ん? 不満か?」

「また……明日も明後日も」

「守ってやんねえ」

「なっ!? ひどくない? か弱い女の子がこうして涙ぐみながら頼っているのに」

「殴られたら痛いし。催涙スプレーでも持ち歩けば?」

「ばかッ! もういい。そうするッ!!」



またプンプン丸か。こいつはからかい甲斐があって面白いな。



「ま。登下校くらいは一緒にしてやるよ。昨日三巻読み終わったから次のを貸してくれればの話だけどな?」

「うんっ!! じゃあ帰ったら、わたしの部屋に集合ね?」

「なんで……?」

「登下校の作戦会議に決まってるじゃん」

「めんどくせ……」



帰り道も色んな男子を見かけたけど、不思議なことに寄ってこなかった。

根性なしが多いのか、それとも秋乃がよほど怖いのか。

食わせた爆弾ごと捕虜を解き放ち敵地で爆発させる無慈悲な女将校のような奴だからな。

きっと、とんでもない女だって見透かされてんだろ。

おお、怖い。




しかし、これほどまでに動画の効果があるとは思ってもみなかったな。

たしかに、あの配信は……可愛かった。




「なによ?」

「いや。それよりコンビニでアイス買って帰ろうぜ」

「うんっ! 珍しく奢ってやってもいいぞ? 春高様?」

「様付けしろって言ったけど、なんかすげえバカにされてる気分だからやめれ」

「わかった! 春高様」

「ぶっとばすよ?」



秋乃はそれまでと打って変わって上機嫌になった。

なんでだろ。




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