#18 さりげない優しさが……好き。わたしがんばるからねっ!



秋乃に対する風当たりが強いな。

花月雪の配信がボディブローのように効いてるみたいだ。表立って秋乃に非難を浴びせるような奴はいないにしても陰口が目立つようになった。



「目で追ってるぞ〜〜〜やっぱり秋乃ちゃんのこと好きなんだろ?」

「うるさい……」

「あれ、春高は秋乃のこと嫌いじゃなかったんだっけ?」

「嫌いだよ」

「悪口を言われてる秋乃を放っておけないって顔してるぞ?」



こいつ、俺をからかって楽しんでやがる。涼森新一すずもりしんいち嘲笑ちょうしょうを浮かべたまま俺の肩に手を回した。馴れ馴れしい奴め。勝手に俺を友達だと思ってるようだけど、俺にしてみれば単なるクラスメイトだからな?



「ほら、あそこのグループは秋乃を指差して笑ってる。向こうの二人組は顔を歪めているところを見ると、毛嫌いしているな」

「前から秋乃を取り巻いていた奴らじゃん」

「ほっとけ。興味本位で近づいてあわよくば仲良くなって、SNSで自慢するとかそんなとこだろ。それで逆風が吹けば自分たちも世間の波に乗って掌返てのひらがえしってわけだ」



だけど、イジメに発展するわけでもなく秋乃が戻ってくれば普段どおりの学校生活なんだよな。あくまでも水面下ってことだけで。

俺が知らないところではどうだか分からないけど。



放課後になって別々に帰宅して、俺は自室で読書。秋乃は離れで何かをしている。どうせオタク活動まっしぐらなんだろ。



「春ちゃん〜〜〜? いたら手伝ってほしいんだけど」

「……え? 飛鳥さん帰ってきてたの?」



階下から呼ぶ声に呼応して、ラノベに枝折しおりを挟んだ。



「さっき立ち上げた秋乃ちゃんのチャンネルに初動画を配信しようと思っているわけ」

「え? 今から? ここで?」

「うん。離れの一室を魔改造してもらったから、そこで撮るとして。あの子キャラが定まっていないみたいだから、声かけてあげてほしいのよ」

「……結局、キャラ作りするんだ?」

「いや。素でいかせようと思っているんだけど……動画の内容はラノベの紹介。それで最後にソロデビューの告知。でも、ガチガチなのよね。キャラが定まらないというよりは、で怖いの」



ああ……秋乃ってクラスでも自分がオタクだってことカミングアウトしていないからな。

あんな奴だったんだってことを配信で知った、なんて週明けの学校で話題になること必至だろうな。

ただ、内容の薄っぺらい動画を配信するよりは面白いと思う。



だって、あの氷の女王の氷雨秋乃が突然、オタクであることを自白した上でラノベの紹介なんてしたら話題沸騰だろうよ。

それであの歌声とダンスのインパクトは絶大で壮絶。

今年のギャップオブ・ザ・イヤーの賞を総ナメ。



「分かった。あいつのとこ行ってくる」

「うん。いつもありがとうね」



玄関のつっかけを履いて、離れの引き戸を開く。

「入るぞ」とひと声かけて上がると秋乃の声がする。



「ふぁっ!! どうしよう。どんなキャラでいけばいいのっ!? あああ、分かんないよぉ」



部屋をチラ見したらクッションを抱きながら、顔を埋めていた。いや、そういうお前がどんなキャラだよ。

いつもツンツンしていて、キモいだの、バカアホを平気で使ような口さがなく、平気で人(というか主に俺のみ)を踏みつけるキャラじゃなかったのかよ。

それがヒロインぶりやがって。

許せん。



「おいッ!! なに可愛いキャラになってんだッ!!」

「うああああッ!! ビックリしたッ!! ちょっとぉ!! いきなり入ってきて怒鳴るとか頭大丈夫ですかっ? 女子の部屋に入るのに一声掛けようとか、そういう気遣いあってもいいんじゃないの!? このクソオタク!!」

「てめえにオタクって言われたくないな。この分厚い仮面を被った中身は腐女子のアホ女!!」



と、このやりとりが挨拶代わりというのはお決まりになってるわけだ。ののしり合わなきゃ会話が始まらないのはちょっと疲れる。

けど、俺は本心だからなっ!!

絶対にこいつに優しい言葉なんて掛けないからなッ!!



「で。なにしにきたの? わたしを笑い者にするために来たんでしょ? どうせ」

「お。よく分かったな。お前の配信が失敗して挫折する貴重なシーンを見たくてな」

「性格悪くない? ってあなたに関してはくまでもなく今さらだけど」

飛鳥あすかさんが待ってるんだけど? 動画撮るんだろ?」

「……分かってる。けど……不安も……その……」

「……ああ、学校、か?」



秋乃は何も言わずにコクリと頷いた。秋乃には日本中の人々の目が向けられている。けれど、置かれている環境はただの女子高生。

活動範囲は日本の茨城の、それもとても小さいごく一部の範囲に過ぎない。肌で感じる社会的視線はせいぜいこの家と学校の中だけだ——今のところは。

従って、気になるのは当然ながら学校の中の自分に対する目だろうな。



本人からしたら風当たりが強いのは……やっぱり知っているのか。

気づいていなくても違和感くらいはあったはず。



ここでオタクを披露してしまえば、アイツらはこぞって叩きに来るかもしれないし、陰口を叩くかもしれない。

同情は拭えないけど……俺はしないッ!!

こいつが好きなわけでもないし、なんなら嫌いだったからな。



「ばーかッ!! そんなの気にしてないでありのままのお前で行けよ」

「春高には分からないかもしれないけど……なんでも……ない」

「配信なんて失敗してもいいじゃねえか」

「よく無責任にそんなこと言えるわよね?」

「俺はお前が嫌いだ」

「知ってるわよ」

「なら、これ以上嫌いにならないぞ? 俺がお前を嫌いでも、お前を無視したことが一度たりともあるか?」

「あ……」

「これ以上お前に対する好感度なんて下がらねえし、なんならオタクのカミングアウトでむしろ上がったりしてな。ああ、ないない。言ってみてないって確信したわ」

「ちょ、ちょっと、自分のこと棚に上げてひどくない? 好感度少しは上げなさいよ?」

「配信して面白かったら上げてやってもいい。ただし、好感度上げるには並大抵のPV数ではダメだぞ」

「はぁ!? 何様?」

「春高さまだ。これから様付けで呼べ。クソ下僕」

「ぶっとばすからね?」



意気揚々いきようようと立ち上がり、「やってやるわよ」と離れを出ていった。

飛鳥さんの呼んだ音声やらカメラマンやらが車から降りてきて、ようやく打ち合わせが始まった。



その夜、一二時近くまで撮影は行われた。




それまでの氷雨秋乃のキャラクターを覆すような内容で、しっかりと濃い内容のラノベ紹介をした後、その登場人物に対する深い愛を語った。

いや、正直ビックリするほど可愛かった。

ところどころ好きなシーンを朗読するんだけど、そのセリフ回しが可愛すぎて……俺が秋乃を嫌いでなければキュン死していただろうな……危ない危ない。



そして、動画の終わりにソロデビューの告知をした。

当然、暗に花月雪に対しての宣戦布告を示唆していることは明白。

アンチと推しが拮抗きっこうするコメント欄は、花月雪のチャンネル以上に盛り上がりを見せている。




翌日、秋乃は眠たそうに食卓に現れて……テレビのニュースを見て釘付けになった。



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