#15 そ、そこはだめぇぇぇッ!!



廊下を挟んで二部屋あるうちの右側の部屋に入って真っ暗闇の中、秋乃が「待って」と言って奥でガサガサと何か作業をしている。

いや……暗い中でよく動けるな。

猫なのか? 夜目の利く猫なのかっ!?



薄暗い部屋に膝を抱えて泣き伏せていたのだろうか。

べ、別にこいつに同情するつもりなんてこれっぽっちもないけど。俺はこいつが嫌いで、なんならいなくなってもなんとも思わないけど。まったく寂しくもないけどッ!!

でも……そ、そこまで泣くなら話を聞いてやらないこともない……。



予想通りというべきか。すっきりと片付いていて——というよりもあまり物がない部屋だな。

着の身着のままで家にやってきたんだろう。

テーブルとノートPCが置いてあるだけで、他になにもない。

生活感が皆無。どうやって過ごしているんだ?



「お、お待たせ。はぁはぁ」

「なんで息切れしてるんだ? 暗い中で何してた?」

「な、なんでもないっ!!」

「それよりも……あまり思い詰めるなよ」

「……だって。何も思い浮かばないんだもん」



体育座りをして膝に顔を埋めてねんなよ。飛鳥さんにきつく言われたからって、別に見捨てられたわけじゃないだろうに。



「まあ、俺は清々せいせいするけどな。やっと元の生活に戻れるし、教室には平穏が戻るわけだ」

「それ本気? わたしのことまだ嫌い?」

「嫌いだな。いつも言ってるだろ。お前は敵でユッキー様の仇……いや、もう仇は討たなくていいか。俺、もうユッキーの推しやめたから」

「え? やっぱり、天野さんとの関係で?」

「……言うな。天野星陰あまのほしかげの名前なんて聞きたくない」

「天野星陰天野星陰天野星影天野星陰。星陰天野」

「や、やめろぉぉぉぉ」

「そんなに悔しい?」

「別に。ただの推しだし。推しがいなくなったところで……」



花月雪かげつゆきは見たくない。けれど月下妖狐のことは好きだ。独特の世界観と音楽性は偉大で、俺のしろは他にない。何者にも代えがたい。

推すの……辞めたくないな、なんて今さら思っているけど。

胸の中がザワザワするから、多分無理なんだろうな。

なんて客観的に思っちゃうわけよ。



「なあ、よく考えたら、天野Pに頼らずとも誰かの後押しをしてもらって、復帰すればいいんじゃねえの?」

「大炎上中だけど? 復帰したところで袋叩きに遭うのが目に見えてるけど?」

「……それと歌とダンスは関連するのか? 本当にエモい歌は炎上なんて関係なくバズるんじゃねえの?」

「だって、宣伝は必要だし、第一SNSが……その……」

「怖いか? それは社長に任せてもいいんじゃねえの? なんとかしてくれるだろ。お前には歌とダンスしか残ってねえだろ? スクールでのダンス見ていたらそれがよく分かる。秋乃はまだ死んでねえよ」

「じゃ、じゃあ……えっと……春高が……推してくれる?」

「……え?」



思わず言葉が喉元に引っかかった。まさか秋乃がそんなことを言うなんて。熱でもあるのか?

そもそも俺が……推す?

考えもしなかった。



「……だめ?」



秋乃の……オータマの歌とダンスは本物だ。

大炎上中だけど、歌とダンスには関係のないこと。

自分で言っていてブーメランのように自分に返ってきた。

俺……カッコ悪いな。

オータマの歌とダンスは……好きだろ。

なら、推せよ俺。

逆境に立つ大炎上中の推しなんて、むしろ応援したくなるだろ?



「分かった。お前のこと応援する。だから、復帰しろ。全力で推してやる」

「えっ!? えぇぇぇっ!?」



自分でいておいて、その反応はないだろう。

ドン引きしてんじゃねえ。やっぱり俺はお前が嫌いだ。クソッ!!



「ホントにッ!? 春高……応援してくれるっ!?」

「……ただ、俺一人が応援したところでなんになる?」


とはいえ、アンチが多いにしても根強いファンはいるはずだけどな。

まず見た目がいい。声がいい。目つきがいい。

それでいて、引き込むようなオーラとキレッキレのダンスは見ごたえがある。

プライベートはともかく、作品の中のオータマは唯一無二だ。



「わたし……春高のこと……ううん。がんばれる。ほ、ほら一人でも応援してくれる人がいるならさ。やる気の問題ってやつ?」

「安いな。お前のやる気。しかもファンの一人が俺みたいなひねくれたお前をキライな奴なんて」



それで秋乃と母屋に戻って再び家族会議になった。



「それで。秋乃ちゃんの出した答えは?」

「復帰させてください。お願いしますッ!!」

「炎上していてそんなにうまくいく?」

「わたしには……歌うこととダンスくらいしかできることがありません……」

「……覚悟があるかどうかっていているんだけど?」



チラッと俺を見て、秋乃は「あります」と力強く答えた。いや、お前の原動力がよく分かんねえよ。俺はどちらかといえばアンチに近いぞ?

応援はするけど……プライベートはののしり合う仲だからな?



「……そう。叩かれてもどんなに足を引っ張られようと、その覚悟さえあれば頑張れるから。秋乃ちゃんは逆境をくつがえす力があるって私は思ってる。秋乃ちゃんからその言葉が聞きたかったの。強く当たってごめんね」

「社長……もしかして?」

「……あなたの学費の三年間分はすべて用意しておいたから安心しなさい。ただし、これはあげるんじゃなくて貸すの。稼いだら返してもらうわよ?」

「しゃじょう〜〜〜〜」



いちいち泣くんじゃねえよ。

ああ、鬱陶しい。



「新しいユニットを組んでもらう。活動は当面ニューチューブの配信のみとするから忙しくなるわよ?」

「はいっ!!」

「それで……天野と花月雪に復讐しなさい。正々堂々と立ち向かって、音楽とダンスで人々を魅了して……勝ちなさい」




復讐……?



ああ、そうか。すべて理解した。

飛鳥さんが復讐という言葉を使うのだから、やっぱり秋乃はめられたんだ。

ユッキーをイジメていたというのは……出鱈目でたらめで、事実は異なるのだろうな。

飛鳥さんはチャンスを与えてくれたんだ。



「どうやって競うんですか?」

「花月雪がソロデビューする。日付は八月一日。そこに合わせて秋乃ちゃんもソロデビューしてもらう。お互いにニューチューブにMVを配信して、再生回数を競ってもらう。もし負けたら二曲目は無いと思ってね?」

「姉さん……だから厳しすぎるって」

「そうですよ。秋乃ちゃんはまさに背水の陣ですし」

「なに言ってるの。ダンスの振付は充希ちゃんにお願いするけど?」

「……構いませんけど、条件があります」

「うん……聞きましょう」

「もし負けても秋乃ちゃんの未来まで奪わないって約束してください。ソロデビューは失敗に終わっても、秋乃ちゃんから歌とダンスは奪わないでください」

「勝てば問題ないでしょ? 負けたら、なんて充希ちゃんらしくないけど?」

「……分かりました。その代わり楽曲は期待していいんですよね?」

「任せて。もう見つけているから」



結局、飛鳥さんの手の内で踊らされていただけじゃないのか?

秋乃の覚悟を決めさせるだけの茶番じゃねえか。

だけど、秋乃も母さんも鼓舞こぶしてメラメラと燃え上がっているような。




俺と父さんは顔を見合わせて同時にため息を吐いた。




「春高……わたし……がんばるから」

「え……い、いや。俺にそんな宣言されても」

「春ちゃん。この際言っておくけど」



——花月雪は秋乃ちゃんを嵌めたの。理由? それは、秋乃がいたら自分がトップに立つことは絶対にできないからよ。




「はぁ!? なんだそれ。つまり秋乃の存在が邪魔だから足を引っ張ったってこと?」




マジで幻滅した。

それで、飛鳥さんはってしきりに言っていたのか。



「秋乃……絶対に勝つぞ。ふざけんなよ。クソ野郎どもがぁぁぁッ!!」

「私としても、これからって時に月下妖狐を潰されて気に食わないわけ。秋乃ちゃん、絶対に勝つわよ」

「はいッ!!」




こうして、秋乃再始動計画は水面下に進められた。




あ、スマホ……秋乃の部屋に忘れてきた。



「すまん、スマホ忘れてきた」

「……え?」



それで再度訪れた秋乃部屋で探すけど……全然見つからない。どこに行ったんだろう。

部屋中を探しても見つからず。



「もう、どこに置いたのよ。耄碌もうろくするには早いわよ?」

「……俺のスマホが悪いんだ。勝手にポケットから抜け落ちやがって」

「……はいはい」



ん。なんか押入れが少し開いているな?



「そ、そこはダメェェェェッ!!」



開いたら……ん?



え?



えええええええええ!?




ラノベから漫画、それにおびただしい数の同人誌……それからスイッチまで。

欲しくても金がなくて買えなかったラノベがこんなに……。

しかも、この前貸すって言っていたシリーズをなんで九巻まで持ってやがるんだ……?



「秋乃ッ!!」

「……はい」

「てめえ、俺をオタクとかクソオタクとか。ゴミオタクとかゲロオタクとかよくも罵りやがってくれましたね? お前こそキモオタクじゃねえかッ!!」

「そ、そこまで言ってないよぉ……」



と、まあ、秋乃が重度のオタクだということがバレた日でもあった。




え? スマホ?

制服のポケットに入ったままでした。




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